第14話 スカーズ
「ここよ」
それは、古びた屋敷だった。
入り口には大きな門があり、その周囲をぐるっと塀が囲んでいる。
中には少し広めの庭があり、屋敷の玄関まで石畳が二十メートルほど続いている。
で、でかすぎる……どんな悪いことしたらこんな屋敷が立つんだ!?
逃げた方がいいかもな……。ユーナさんには悪いが……。
しかし、よく見ると窓の至る所に木の板が打ち付けられ、庭の噴水は故障しているのか水が出ておらず、で中央に置かれた像は崩壊している。
確かに大きめではあるが、どちらかというと幽霊屋敷と間違いそうなほど寂れていた。庭師のような人がいる気配もない。
「……幽霊屋敷じゃないですよね?」
「あらあら、失礼な子ね。これでもそれなりに過ごしやすいのよ」
「!?」
後方から突然声がして、俺は慌てて飛びのく。
振り返ると、そこには長い黒髪を中分けにした美女が立っていた。
身長はほとんど俺と変わらないくらいで、その胸の大きさはユーナさんを超えている。
「久しぶりね、アンナ」
「えっ、ユーナさん!?」
中分けの女性――アンナは、ユーナさんを見るや否や、ぱっと目を見開いて嬉しそうに声を上げる。
「お久しぶりです。来るなら言ってくださいよ、今日はグレッグとティムが仕事に出ちゃってますよ」
「あはは、ごめんね。それにしても、私が貸した屋敷をちゃんと使ってくれてるみたいね」
「もちろんですよ。こんなお手頃価格で貸してもらえるなんて、ユーナさん無しじゃ考えられないですから」
「大げさよ。別の仕事のついでに手に入っただけだから、むしろ私はあなたたちに高額転売したのよ」
「市場価格に比べれば格安ですから、いいんですよ。それより、どうしたんですか、今日は? またここでお仕事ですか?」
すると、ユーナさんはポンと俺の肩を叩く。
「ちょっと、この子を頼みたくてね。アレクはいる?」
すると、アンナさんは一瞬ぽかんとした後、顔をしかめる。
「……ちょっと待ってください、もしかしてアレクには連絡してました?」
「そうだけど?」
「あいつ……また私たちに言うの忘れてたわね、あのポンコツリーダー……」
アンナさんは頭を抱え、ため息を漏らす。
「相変わらずね」
「はい、残念ながら……。まあいいです、今に始まったことではないので。とりあえず中に案内しますよ。こちらへ」
そうして、俺たちはアンナさんに案内され、屋敷の中へと入っていく。
屋敷内部もなかなかにボロボロで、家具と呼べるようなものはあまりちゃんと置かれていなかった。
正面に階段があり、一階ロビーは吹き抜けになっている。
上はみんなの個室なの、と説明を受けつつ、俺たちは一階の奥の部屋へと通される。
すると、少し広い部屋に出る。
部屋の中央には、古びたソファが二つと、テーブル、食器棚がぽつんと置かれていた。
そしてそのソファには、二人の人物が座っていた。
一人は茶髪に垂れ目の男で、上半身裸で剣を磨いており、細まっちょとも言うべき肉体を見せびらかしていた。
もう一人は赤髪のショートヘアの小柄な少女で、その小柄な体系とは裏腹に大きな胸と細い足が伸びる短めのショートパンツを身に着けていた。
「おうアンナ! お帰り!」
「お帰り。遅かったね――って、ユーナさん!?」
ショートヘアの少女は、満面の笑みで飛び上がると、勢いよくユーナのもとへと駆けてくる。
「会いたかった……!」
「あらシルキィ。ちょっと大きくなった?」
「まあ、そりゃあ成長期ですから」
「スタイルもこんなに良くなって……」
ユーナさんの視線が上から下、特に上半身へと注がれる。
「ま、まあ邪魔だけだけどね、これは。それより、ユーナさんどうしたの? また何か大きい山が?」
すると、茶髪の男があっ! と声を張り上げ、額に手を当てて苦々しい顔を浮かべる。
「そうだった……完全に忘れたよユーナさん……今日だったか……!」
「アレク……やっぱり聞いてたのね」
「えっ……何、どういうこと?」
「この子を匿ってほしいの。報酬はこの屋敷」
「屋敷……!? うっそ、じゃあもう家賃タダってこと!?」
「そういうこと。アレクとは話がついてるわ。みんなには言ってなかったみたいだけど」
ユーナの視線に、アレクは苦い表情を浮かべる。
「まあ……お前たちをびっくりさせようと思ってな! びっくりしたか!?」
「嘘つきなさいよ……でも、この子を匿うって、何しでかしたのかしら?」
と、アンナさんが俺をまじまじと見つめる。
「この子、禍種級の賞金首」
「「!?」」
全員の視線が、一斉に俺に注がれる。
三人は目を見開き、何かやばい物でも見るかのように俺の方を見る。
あまりの驚き具合に、俺が逆に驚く。
悪者だったら大抵みんなそういう感じじゃないの!?
「おいおい、何やらかしたんだお前……見かけによら無すぎだろ!? まだそこそこ子供だよなあ!?」
「大罪人じゃない……そんな無害そうな顔して……」
「何人殺したのこいつ。やばすぎでしょ」
「誤解だ! 俺はその……成り行きでそうなっただけで……!」
「嘘つけ! 禍種級の賞金首がそんな安い理由で指名手配されるわけないでしょ! ねえ、ユーナさん、こいつ匿って私たちに害ないの!?」
語気を荒げるシルキィを、ユーナはまあまあとなだめる。
どうやら俺は相当やばい賞金首らしい。逆に怖くなってきたんだが。名前が独り歩きしそうで怖い。
「この子は私に巻き込まれただけよ。ただ……あの剣聖と戦って生き残ったってだけ」
「「「はあ!?」」」
もう一度三人が一斉に声を上げる。
信じられないといった様子でこちらを見ているが、俺が一番信じられない。
「命知らずにもほどがあるだろ……剣聖だぞ!? 王国最強戦力、悪の天敵! 女神の寵愛を受けた騎士! まじか!?」
「アレクじゃなくても驚くわ……彼、人類最強よ? それを五体満足で……それはただものじゃないわね」
「怪しい……ありえないでしょ、それ。こんな弱そうな男が?」
シルキィだけは何やら不満そうな顔で俺を見つめる。
「そういうこと。だからこそ、屋敷の家賃全額と取引ってこと。巻き込まれた形だから、手配書解除も進めたいの。君たちなら適任ってわけ」
「確かに糸口くらいはあるけど……ユーナさんがそこまで他人のために言うなんて……この子のこと、認めてるってこと……?」
ユーナさんは頷く。
「そういうこと。確かに箱入りなところはあるけど、この子には何かある……意志と覚悟が。きっと君たちにも役にたつわよ」
意志って、スローライフしたいって意志だけど大丈夫そうですかねこれ……。
シルキィはそれを聞き、ジッと俺を睨む。
えぇ、何これ。嫉妬ですか……?
「まあ、この街は開いた街だからね。確かに他の都市よりは見つかるリスクも低いか」
「賞金首でしょ!? いいの、私たちまで目を付けられちゃうよ!?」
「けど、ユーナさんの頼みだし……それに、使えるなら私たちにもメリットはあるわ」
「そうだけど……」
すると、アレクがパンパンと手を叩く。
「まあとにかく! 俺はもう引き受けたんだ、こいつはうちで預かるぜ。ユーナさんの頼みを断れるわけないだろ、俺たちが」
「そうだけど……」
「そうね。まあ、アレクが言い出したら止められる人なんていないし。逆にユーナさんが認める子なんてちょっと興味あるわ」
「助かるわ」
そうして、ユーナさんとスカーズの面々が軽くあいさつを交わし、玄関に集合する。
本来は五人のようだが、今は三人しかいないみたいだ。
「それじゃあね。ライカ」
ユーナさんはじっと俺の目を見つめ、手を差し出す。
その瞬間、この世界に転移してきてからのことがフラッシュバックする。
この人に合わなかったら、きっと指名手配にはなってなかった。でも、この人に合わないと、きっと俺はあの森で今以上に苦しい死を迎えていた。
そういった意味では、やっぱり俺の命の恩人だ。
このスカーズとかいう組織も怪しいけど、ユーナさんが信じている人たちなら信じてみよう。
俺は、そっとその手を握り返す。
「ありがとうございました」
「ありがとうって。私のせいでこうなってるんだけどね」
ユーナさんは笑う。
「それでも、おかげでこうして生きてる。俺が何でこんなとこにいるのか……いずれ話せる時が来たら、話します」
「楽しみしておくわ。君は私に恩を感じているのかもしれないけど、私にとって君はあくまで投資対象。君はそのうちもっと大きくなるって私の勘がそういってるから、私はそれにベットしてるだけ。だから、好きに生きていいんだからね。私の期待に答えなくても、それはただ私が賭けに負けただけ。君は自由よ」
「はは、ユーナさんらしいね。けど、当面は指名手配をどうにかしないことには何もできないからさ……しばらく、ユーナさんの思惑に乗っかっておくよ」
ユーナさんは俺の態度に嬉しそうに口角を上げる。
「言うようになったわね。――それじゃあ、元気でね」
そうして、ユーナさんは屋敷の門を出て行った。一度も振り返らずに。
ここから……俺の本当の異世界生活が始まる。




