第12話 違和感(剣聖視点)
「バルフレア卿。こんなところでいかがでしょうか」
王都、騎士団本部――。
剣聖アルトレス・バルフレアは、騎士団証跡調査局の女性から、一枚の紙を受け取る。
そこには、つい先ほど戦った少年の顔が描かれていた。
「相変わらず凄い精度だね。宮廷画家も顔負けだよ」
「恐縮です、バルフレア卿。【念写】ですので、あくまで貴方の脳内イメージをイラストとして具現化にすぎませんが……」
「完璧だよ、まさにこんな顔だ。これで手配書の方を作成してくれるかな」
「かしこまりました。治安行政局の方に回しておきます。ですが……その、10万ゴールドというのは……ビギナーの金額にしては些か高すぎるのではないかと……」
すると、剣聖は静かに笑う。
「構わないさ。異例であるのは承知の上だよ。悪いが、これで通しておいてくれ。僕の印があればもんだないだろう」
「……かしこまりました。失礼します」
女性は剣聖の持つ紙を回収し、去っていく。
その背中を見送りながら、剣聖は戦った少年を思い返す。
彼は、明らかに異質だった。
はたから見れば、武器など握ったこともない素人。戦闘なんてしたことのないような手つき。だが――
(戦いの中で成長していた……なんて言うのは、言葉では簡単だが……)
彼の成長は、明らかに不可解な現象だった。
本来成長とは、山を裾野から頂上へと上がるように、緩やかな軌跡を描くものだ。
急成長を感じたとしても、そこには成長前からの連続性がある。何かが突然出来るようになることはない。ましてや、感覚だけではなく、経験が必要となるようなものは特に。
しかし、彼の成長は”断絶”されていた。
目の前の姿が、一瞬前の姿と一致しない。
それはまるで、成長というより――もはや”変質”だ。
彼の成長曲線上にない、まるで別人のような経験の蓄積……。技術が、動きが、突如として洗練されていったのだ。
(初めて受けたような回避もあれば、幾度となく繰り返しもう慣れっこだと言わんばかりに完璧な回避もあった。偶然の産物だ、と納得させることもできる)
でも――そう簡単に片付けていい現象ではないと、直感的に感じた。
例えば、未知の言語で書かれた本を出鱈目に読んでいたかと思えば、突然あるページからスラスラと読み出すような……そんな異質さ。
知識ではなく、“既に知っている”から読めている……そんな異質な動きだった。
通常のやり方では起こりうるはずのない現象。たしかにあの場では防御特化の生得魔法であると考えたが、思い返せば思い返すほど、それだけでは説明できない揺らぎがあった。
(この違和感は何だろう……彼には、”何か”がある気がしてならない)
現時点であれば、確実に彼を殺すことが出来る。
それだけの圧倒的な差がある。
そう断言できるというのに――なぜだかそれでも、心のどこかで対応されてしまうかもしれないという思いもあった。
だからこそ、早期に芽を摘む必要があると考えた。この国を襲うような悪者になってからでは遅い。
それゆえに、剣聖は彼の懸賞金を、ビギナーとしては異例の”禍種級”からスタートさせた。
その額、実に10万ゴールド。――新参の賞金首にしては、あまりにも異例な金額だった。ここ十年で最高額は、”道化”のロムウッドの7万ゴールド……その約1.5倍だ。
これだけの大金であれば、ルーキー専門の賞金稼ぎが一斉に動き出す。
彼らからすれば、楽な仕事だ。そうなれば、いくら闇商会として働いていようと、そう簡単に逃げ切ることはできない。どこかに匿ってもらえるような者たちでもいない限り。
どう考えても拙いのに、なぜだか自分の攻撃をすべて避けられるという体験は、それだけで不気味なものだ。
それでも――。
「ライカ……か。興味深いね」
人類最強と謳われる騎士団最高戦力――剣聖。
その剣を、数秒とはいえ回避したその異質な存在に、剣聖は楽しさを感じていた。
「……だが、ユーナ・ミレムの所在は、既に僕の管轄から外れた。今の僕では追う理由も権限もない。残念ながらね。だから――再会はもう、ないだろうな」
少なくとも、彼は蜘蛛姫と行動を共にしているだろう。そうであれば、もう一度出会うことはおそらくない。
「願わくば……この国の民に被害が出る前に、決着をつけて欲しいものだね。その為の高額懸賞金だ。頼むよ」
そう言いながらも、剣聖の口元には、どこか期待するような笑みが浮かんでいた。




