声をかける
この人込みで明確な意思を持って、王族のいる班に声をかけるのは下心があると言っているようなものだ。
オーリエンは警戒をしながら、ジャクリーヌに目配せをして合図を送る。
その意味を理解して、ジャクリーヌは小さく頷く。
「あの、どうかされたんですか?」
「君は?」
「あの、わたし、マリエルです」
「それで? 違う班の君が話しかける理由は?」
アンネワークが迷子になったということで、フーリオンは手を離した自分に対しての嫌悪を抱きながらマリエルの言葉に答えた。
ただの迷子なら良いが、明確な悪意を持っていた場合はアンネワークの命の保障はない。
「あの、何か、お手伝いを」
「不要だ」
「でも、何か困っているようでしたので」
「だとしても君の手は不要だ。班に戻れ」
なぜマリエルは、フーリオンが困っていると分かったのか。
機嫌が悪いというだけでは、判断はできない。
「わ、私なら助けられるわ」
「・・・何を知っている? 言え!」
「えっ、あっ」
マリエルがアンネワークの行方を知っていると判断したフーリオンは容赦なくマリエルの首を絞めた。
悪意を持ってアンネワークに危害を与え、そして天使の顔をして近づいたマリエルは、フーリオンにとって敵だった。
「兄上、そのままだと彼女は死んでしまいますよ」
「ちっ」
「周りの店にはいないそうです」
兵からの報告を冷静に伝えたオーリエンは、マリエルを冷たい目で見た。
フーリオンだけでなく、オーリエンからも向けられてマリエルは肩を竦めた。
「なら次だ」
「君も自分の班の子を探した方がいい」
「わたくしが彼女と一緒に探しますわ」
「頼んだ。ジャクリーヌ」
何かを知っているマリエルへの監視の意味も込めてジャクリーヌがついた。
本音は機嫌の悪いフーリオンの側から離れたかったということもある。
「パレードが通りますわよ」
「興味ない」
「あまりフーリオン殿下を怒らせないでくださいね」
「はぁ? 何言ってんの?」
「お分かりにならないなら結構。ほら今年の豊穣の女神が通りますわよ」
花の冠を頭に乗せた少女が笑顔で花びらを撒いていた。
その花びらを捕まえられたら幸せがやって来ると言われている。
「あとは学院に戻るだけですわね。大人しくしていた方が身のためですわよ」
「何言ってんの?」
ジャクリーヌの忠告を無視して、イベントを起こすためにマリエルは走り出した。
迷うことなく路地裏に入ると、アンネワークが襲われているところだった。
ただ、ゲームでは襲われるという一言で済む場面も実際には腕を切られると血が出て、痛みがある。
「いっつ、これでニーリアンルート確定よ、ね?」
騒ぎを聞いて駆け付けた中にフーリオンもいたが、マリエルの方には見向きもしなかった。
意識はあるものの痛みに朦朧としており、記憶が曖昧だった。
誰かが抱き上げて運んでくれたことだけは分かっている。
これでエンドだと思っているマリエルが取り調べを受けている間に、事態は大きく動いていた。
アンネワークを襲った暗殺者が自害してしまった。
これで依頼人が誰か分からないが、同じく襲われたマリエルが怪我をしたのは依頼人であることを隠すためだという案が出て、それを否定する情報もないためマリエル犯人で決定していた。
「アンネ、大丈夫か」
「うん」
「・・・俺といるのが嫌になったか?」
「それはない! ふー、と一緒にいる」
少しだけ思いつめた表情をするフーリオンは優しくアンネワークの頭を撫でる。
今回、襲われたのはアンネワークが伯爵令嬢という身分で、五歳上のフーリオンの婚約者であることが大きい。
フーリオンと同い年の公爵令嬢がいないわけではないし、彼女たちも試験は合格している。
わざわざアンネワークを選ばなければいけない理由は無かった。
「・・・今度の交流会で、王妃様が芝居をしてはどうだと言っていた。少し予定を早めて戻ってくるそうだ」
「そうなの?」
「園遊会での芝居は消化不良だろ?」
「さっそくベティエに言わないと」
「明日から練習だな」
「うん」
今までは、生徒会のロチャードやグリファンを目当てにしていると思われていたマリエルが、フーリオンに標的を変え、さらに邪魔なアンネワークを亡き者にしようとしたという噂はすぐに広まった。
ただ、さすがに証拠もないのに、おおぴらにできないため水面下ではある。
この噂の信憑性を強めたのは、アンネワークたちが授業に出なくなったからだ。
理由は、交流会で発表する劇の練習のためだった。
「前回と同じでは面白くありませんね」
「ベティエ、何とかならない?」
「そうですわね。前回は、最後はヒロインが王子様と結ばれてめでたしめでたし・・・そう言えば、この間上映された婚約破棄物語は、ヒロインではなく、悪役令嬢が王子様と結ばれる話でしたわよね?」
庶民であるベティエは上映前の広告を見ただけで、全体の流れは知らない。
演劇部の勉強のためという名目で、一度だけ学院に申請をして観たことがあるだけだ。
そう何度も通えるものではない。
「あぁあれなら観たわ」
「いつ観たんですか!?」
「柿落とし公演前の通し稽古を見たのよ。そこの館長さんとは十年以上も前から知り合いだもの」
毎週末のように通って来る貴族の令嬢は有名になる。
その縁で、かなりの融通を利かせてくれるようになった。
「いいなぁ」
「そうだ。今度観に行きましょう」
「はい?」
「そんなお金ありませんよ、アンネ様」
「観に行きたいですけどね」
「大丈夫よ。今度の週末は豊穣祭明けで人が少ないから入れてくれるわ」
いくら人が少ないからと言っても、お金を払わずには見せてくれない。
アンネワークの言葉は、話半分に流していた。
それが、現実だったと分かったのは、前日の夜に芝居の券と馬車の時刻が書かれた手紙がアンネワークから送られて手に取ったときだ。
驚きすぎて声もないベティエたちは恐る恐る翌日、馬車が待っている貴族校舎前に集まった。
さすがに平民校舎に馬車が停まれる空間はないため、仕方なく貴族校舎が集合場所になった。




