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鐘が鳴る

 情報を聞き出すようにと密命を受けているウォルトルは、心の端に罪悪感を感じながら話を進める。


「結婚相手は、俺・・・ではなくね。君の義父上が卒業後に考えていた相手だよ」


「なによ。期待を持たせといて」


「これだけ問題を起こした君と俺が結婚したとき、さすがに世間は黙っていないよ。それに君がまた問題を起こしたときには俺の責任問題になる」


「なら、お義父様が決めた結婚相手が責任を取ることになってもいいの? ずいぶんと無責任なんじゃないの?」


「その点は大丈夫だよ。相手も分かった上で君を娶るし、問題児を受け入れるということで国から恩赦で地位を上げてもらえる。良いことずくめだ」


 ウォンが送って来た手紙には卒業したら結婚することが決まったと書かれていた。

それは、まだ実感のない話だったが、急に現実味を帯び、国が推し進めている結婚ならマリエル一人の意思など関係ない。


「王都から馬車で一週間ほど離れたところの領地貴族に嫁ぐ。まぁ貴族とは名ばかりの、庶民よりは金持ちというだけだから生活水準は落とさなくてもいいと思うよ」


「領地、貴族?」


「いちおう伯爵令嬢としての教育は受けたはずなんだけどね。爵位はなく、ただ領地を運営するだけの庶民だよ。王都から離れすぎていて貴族からは嫌厭されている土地だよ。だから土地を管理する代わりに、貴族としての義務も免除されている。今回は君を娶ることで、次代からは準男爵の爵位を授けることになった」


「次代からってことは、子どもの代からってこと?」


「そう。もし今、地位を上げて準男爵にしてしまったら、妻となる君は準男爵夫人だ。貴族の末端に与することになる。それでは監視のために結婚させた意味がない。貴族社会から切り離したのに本末転倒だろ?」


 丁寧に説明された結婚相手の立場とこれからの自分について理解した。

ヒロインとして行動してきたことが全て国への反逆と捉えられていたことも、ようやく納得がいった。

分かったからと言って素直に従うかどうかは別問題だ。


「・・・ただ、どうしてもいやだというなら、もう一つだけ道はある」


「道?」


「そう。娼館で他国の要人から情報を聞き出す役だ」


「・・・ごめんだわ」


「そういうと思ったよ。悪いが君の逃げ道は塞がせてもらっている」


「最低ね」


「最初に言っただろう? 悪いようにはしない、と。本当なら処刑か、今言った役を死ぬまでやらされる。そうではなく、君の思い描いた結婚とは違うかもしれないが、少なくとも衣食住は保障されて、家の中なら自由がある。そう悪い話じゃないと思うけどね」


 マリエルを脅威だと思った官僚たちは多く、その場で処刑すべきだという声も上がった。

その筆頭は、ロチャードの家のブルデング公爵家とグリファンの家のカクノス公爵家がだった。

自分の息子が女に誑かされたという醜聞を消したいために、処刑しなければいけないほどの悪女だったため仕方なかったという印象にしたいという思惑が働いた。


「ただ君に決定権はない。この取り調べの結果を踏まえて、危険だと、俺が報告すれば簡単に処刑が決まる」


「脅すつもり?」


「さぁ? 俺は事実を述べているだけだ。このノートに書かれた内容はあまりにも国の根幹に関わっている。そんな君の扱いを今も国は考えあぐねている」


「何を言われても、そのノートの内容は、物語よ」


「君の忠誠心は心から敬服するよ。周りの国に君のことをそれとなく知らせても誰も反応がない。普通は情報漏洩を嫌って刺客が来るけど、その気配すらない。よっぽど信頼されてるんだな」


 信頼される以前にマリエルには他国との繋がりがない。

ゴンゴニルド伯爵家に引き取られる前なら考えられたが、マリエルがいたところは他国の人間が出入りするようなところではなかった。


「さて、ここまで話しても気を変えるつもりはないかな?」


「気を変えるも何も、私は間者じゃないもの。違うものを、はいそうですとは言えないわ」


「そうか。それは残念だ」


「処刑するなら、さっさとすれば」


「分かった。報告させてもらうよ」


 これ以上はマリエルから情報を得られないと分かり、ウォルトルは席を立った。

処刑が決まったと膝の上の手を握り締めるマリエルを見て、意地の悪い顔をした。


「今度、顔を見たときが最後だろうから、言っておくよ。結婚式の招待状を送ってくれ」


「はぁ?」


「処刑だとか何だとか言えば、真実を話してくれるかと思っただけさ。実際に、処刑すべきだという声はある。だが、陛下が少女一人の行動で揺らぐような国家では、そう遠くないうちに滅ぶとおっしゃって、処刑は無くなった」


「じゃぁ嘘だったの?」


「そうなるな。ついでに娼館の話も嘘だ。これも無かったわけじゃないが、娼館は問題児の集積場じゃないと女将たちに言われてな」


 初めから手のひらで踊らされていたことに気づいたマリエルは、怒りのままにウォルトルを平手打ちしようとした。

だが、鍛えている軍人に通用するはずもなく、簡単に手首を掴まれる。


「っ、離して」


「ノートによると、俺はここで“じゃじゃ馬は嫌いじゃないぜ”と言うんだったな。だが生憎だな。じゃじゃ馬はもう間に合ってる」


 ウォルトルの言葉が決め手になって、マリエルは力なく椅子に座り込んだ。

何もかもが自分の思い通りにならない。


「いったい何が悪かったのよ」


「ここは現実だ。物語の世界じゃない。それを勘違いした結果だろう」


「現実? だって物語の世界そっくりだもの」


「そっくりなだけで、同じではないんだろう?」


 ウォルトルはマリエルのことを現実と妄想の区別のついていない少女と報告するつもりだ。

自分がお姫様で、必ず幸せになると信じただけの哀れな少女として、死ぬまで国に監視された。

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