断罪が始まる
戻って来たロチャードとグリファンはマリエルを見て、駆け寄って怪我の様子を訊ねる。
歩くなら少し痛いが大丈夫と答えておく。
それよりもマリエルにとっては、最後に入って来たアンネワークが重要だった。
食堂で婚約破棄をされたためフーリオンとは距離を置いて暗い顔をしている。
「・・・ちょっと行って来る」
「えっ? おい」
グリファンが止める間もなく、マリエルは右足を庇いながらアンネワークの元に向かった。
何をする気だと誰もが注目する中、マリエルは単刀直入に切り出した。
「ねぇ、返して欲しいの」
「・・・何をです?」
「分かってるんでしょ? 私のもの、勝手に持って行ったのに返さないつもり?」
「何をおっしゃっているのか分かりませんが、わたくしが何を盗んだというのです?」
「盗んだなんて一言も言ってないじゃない」
このままだとマリエルが一方的に責められる展開になると、グリファンはマリエルに加勢することにした。
マリエルの物を勝手に持ち出したことがないアンネワークにとってはいい迷惑だった。
「なら、何をわたくしが持っていったのです? それを言わずとして、盗人扱いは如何なものかと思いますわよ」
「・・・ノートよ」
「なら、わたくしではありませんわね」
「しらばっくれるつもりか?」
「教科書ならいざ知らず、ノートを持って行ってしまうような間抜けではありませんわ。わたくしは学院で、一度もノートを使ったことがありませんもの」
一度、見たものは忘れないという驚異の記憶力のため板書するという概念がない。
それでも疑うマリエルに、アンネワークは持って来ていた鞄を逆さにした。
中からは、今日使う教科書と筆記用具だけが落ちた。
「気になるなら中も検めてくださいな」
「・・・鞄に入れてなくても部屋にとか」
「なら家探しでもされます? 出てこないと思いますけど、それでお気の済むのでしたら、いかようにも」
「・・・・・・もう、いいわよ」
アンネワークは教科書と筆記用具を拾って鞄に入れる。
教室はどことなく暗く澱んだ空気が広がっていた。
アンネワークを目の敵にしている教師は、相変わらず難題を出し、こてんぱんに返されるということを懲りずにしている。
いつもなら元気に返されるが、落ち込んだアンネワークに棘のある返しをされて教師の何人かは立ち直れず、次の授業の教師に連れ出されることもあった。
「アンネワーク様」
「ジャクリーヌ様」
「・・・寮に戻った方がよろしいかと思いますわ」
「そうですわね」
「付き添います」
立ち上がったアンネワークは、ジャクリーヌの腕を借りて歩き出す。
数歩進んだところで目眩を起こし、そのまま気を失った。
「アンネワーク様!?」
「・・・私が運びましょう」
「お願いします。ウォルトル様」
アンネワークを横抱きにしたウォルトルはジャクリーヌの案内で寮へ向かう。
そのやり取りを見ないようにフーリオンは目を閉じていた。
それからダンスパーティまで、フーリオンとウォルトルは姿を見せなかった。
代わりに、オーリエンとジャクリーヌは仲睦まじい姿を見せる。
「フーリオンの攻略、上手く行ってたんじゃないの?」
ダンスパーティ前に婚約破棄が宣言された。
そうなると、フーリオンがパートナーとしてマリエルを指名し、そして悪役令嬢であるアンネワークの所業が明らかにされて、マリエルとの婚約が発表される。
フーリオンルート確定でいいなら、ここでエンドを迎えるが、ニーリアンルート希望なら、そのあとに暴漢に襲われて誘拐されてしまう。
そして、捜索の指揮を執っていたニーリアンに助け出される。
このときには秘密の逢瀬を繰り返したあとで、失いたくないというニーリアンの強い思いから王妃へと望まれてエンドを迎える。
ニーリアンとの恋をしながらフーリオンルート確定も難しいが可能ではあるため、この二つのルートの境界は曖昧だった。
「大丈夫か? 足が痛ければ、休んでもいいぞ」
「大丈夫よ。ロチャード」
「あっちに椅子を用意してもらっている。何かあれば座っていると良い」
「ありがとう」
マリエルは笑顔でお礼を言って、劇団が奏でる優雅な曲に耳を傾けた。
ダンスパーティというだけあって、制服ではなく燕尾服やドレスを着ている。
マリエルも手持ちの中からドレスを選んだが、型遅れしたドレスであるのは否めなかった。
「最初のダンスはオーリエン様が踊るのね」
「そうだな。王族の方が在籍しているときは、そうなるな」
ファーストダンスで、フーリオンに声をかけてもらい、そしてダンスを踊ったあとに断罪が始まる。
マリエルのエスコート役はグリファンで、断罪になる予兆は見えなかった。
「一体、どうしたって言うのよ」
オーリエンとジャクリーヌのダンスが終わると、婚約者同士やお近づきになりたい者でダンスが始まる。
練習したものの踊ることのできないマリエルは眺めるしかない。
そんなときに檀上にロチャードが上がっているのが視界に入った。
何か挨拶でもあるのかと思い、グリファンに聞くと、黙って聞いていて欲しいと言われる。
「ダンスを楽しんでいるところに申し訳ないが、皆に伝えなければいけないことがある」
それは突然のことで、進行役の教師も怪訝そうな顔をした。
完全にロチャードの独断であるというのは分かった。
「えっ? 今? どうして、ロチャードが」
ロチャードが言った台詞に心当たりがあったマリエルは、止めようと檀上へと向かった。
その腕をグリファンが掴み、小さく首を振る。




