32、重臣たちの決意
織田千代丸一行が山口家を訪れていた頃、大高城内はにわかに騒がしくなっていた。
「平島城に水野勢二千が入りました」
甲賀忍者が報告すると、評定の間の重臣たちは真剣な表情になる。
「ここは平島で水野勢を討つべし!」
声高に主張したのは滝川八郎である。重臣たちは血気盛んな八郎に戸惑う。
「二千だぞ。我らは二千五百……勝てるだろうか」
岡田助右衛門が眉のへの字に曲げながら言う。八郎は首を振った。
「城に籠っても持たないぞ。勝幡城の後詰めを待っていても駄目だ。討って出るしかない」
八郎が力説すると、梶原平九郎と蜂屋兵庫が頷いた。
「助右衛門殿、我らと水野、どっちが強いと考えている?」
梶原平九郎が言うと助右衛門は口を真一文字にする。助右衛門とて豪勇で鳴らす男である。怖気ずいたわけではない。助右衛門は重臣たちの顔を見る。
(若がいなくてもこ奴らはやる気がある。全く元気なことだ。……ここは城を枕に討ち死にといこうと思ったが、戦うべきだな)
助右衛門ははっと息を吐く。
「出陣する。目指すは平島城よ。いざ、者ども、励めや!」
男たちはおうっと鬨の声を上げる。重臣たちは助右衛門を中心に野戦にやる気になっていた。
うまくいったわい……梶原平九郎は馬上でゆらりと揺れている。自慢の駿馬に馬廻り衆が固めている。
千代丸軍は名和城に到着すると南西に進軍。平島に布陣した。鶴翼の布陣である。それに対して水野軍は大した布陣をせずにバラバラに布陣している。
「助右衛門殿もその気になってくれたようでなによりです」
八郎が冷静に言う。
「おぬしに言われた通り、助右衛門殿をせっついてやったわい。あの御仁は腰が重いからのう。ハハハ!」
平九郎は笑い声を上げる。戦は勝ったも同然だ。水野勢は調略され、士気は低い。松平に言われて嫌々出てきたのが丸わかりだ。
平九郎と八郎はニヤリと笑い合う。千代丸の指示通り、八郎は平九郎と打ち合わせた。助右衛門ら重臣を動かすために一芝居を打ったのだ。千代丸が那古野方面に出かけたこと敵は油断する。そこで一気に水野勢を打ち払う。千代丸は戦場にいないにも関わらず、罠を張っていたのだ。




