31、寺部の虎
大都市那古野の南には寺部城という城が存在する。那古野今川家に属することのない第三勢力として寺部城の山口氏はその勢威を誇っていた。
評定の間には織田千代丸の姿があった。
上座に座るのは山口監物盛重である。山口家当主のこの男は織田、那古野今川、斯波家にも属さぬ独立勢力としてこの地に君臨していた。
「ほう、手を結ぼうとな?」
若い当主は目を細める。千代丸は頷く。織田千代丸、噂に違わぬ利口者よ。山口監物は独りごちる。
「はい。これから我らは寺部の皆様とは誼を通じたく」
千代丸の笑みに監物は嬉しそうにする。
(今川右衛門佐め、先に千代丸に手を出すとは。全く油断できぬ奴。まあいい。これで俺も千代丸とつながれる。那古野方に遅れは取るまいて)
監物は野心を疼かせる。那古野方と山口氏は仲が良いとも言えない。漁業の利権を持つ監物にとって、那古野方に屈するわけにはいかないのだ。
「こちらとしても勝幡の織田弾正殿とは誼を通じたい。これからはよろしく頼むぞ、千代丸殿」
ニッコリと笑って監物は応じる。千代丸も愛想の良い笑みを浮かべて会見は終了した。
「若、何故山口監物と結ぶのですか、那古野今川も怒りましょうぞ」
忍びの孫十郎が千代丸の側に歩み寄ると聞いた。千代丸は童子とも思えぬゾッとする笑みを作る。孫十郎は思わずたじろいだ。
「氏豊と山口監物、二匹の虎で争ってもらえればよい。フフフ、その内に領内を豊かにするのだ。そうだな……孫十郎、次に作る店なのだがな……」
孫十郎は口元を結ぶ。やはり恐ろしい男だ。息を飲んだ孫十郎は放心状態で千代丸の話を聞くのだった。




