30、頼もしい息子
千代丸が那古野城に行ったことは勝幡城でも話題になっていた。というより、その話題しかなかったと言ってよい。
信秀は酒を呷るように飲む。傍らには筆頭家老の平手政秀がいる。
「千代丸は那古野に降ったか」
「御意。あの男のことです。今川右衛門佐氏豊、千代丸殿に目を付けないはずがない」
平手政秀の目つきが鋭くなる。信秀はゆっくりと杯を目の前に持っていく。
「いずれは討たねばならぬ。だが、それは難しい……千代丸のように降伏するのも手だな」
信秀は千代丸が那古野方となることを許すつもりだった。このままでは信秀は孤立する。那古野方を味方につけておくに越したことはない。
千代丸は酒の製造にも成功しており、信秀が飲んでいる酒も千代丸が作ったものだ。
信秀は微笑する。この次男は思ったよりも利口だった。織田家に多大な利益をもたらしてくれるはずだ。
若き父親は恐怖を越え、息子を頼もしいと思うようになっていた。
那古野城。
「ほう、これが……ふむ」
氏豊は驚いた表情になる。千代丸の作った酒と米、味噌汁、海産物を使った料理、千代丸の連れて来た料理人の料理を味わっていた、
特産品を作ることに躍起になっている千代丸は職人を多く召し抱えている。料理人もその中にいた。
美食家である氏豊は唸る。
千代丸はニコニコと笑みを作っていた。
「ふむ……何という美味。千代丸よ、そなた商才があるぞ。武士にしておくには惜しい。商人になれば良かったのにな」
「勿体なきお言葉……痛み入りまする」
千代丸は謙遜する。氏豊は嬉しそうだ。千代丸は氏豊の機嫌を取っているだけではない。領内にちゃんと指示を出している。徴兵に訓練。攻城兵器の開発。特産品の奨励。城の改修工事。やることは山積みだ。
それでも有力武将の今川氏豊を味方につけることで松平と水野の牽制もできる。また氏豊の娘たちにも気に入られている。那古野滞在も一週間を越えた。そろそろ松平清康も腰を上げるだろう。
(滝川八郎に書状を送らねばな。また兵を動かさねば)
那古野にいながら千代丸の内政強化は着々と進んでいた。




