29、那古野の美姫(びき)たち
勝幡城。評定の間では男たちが戦勝を祝していた。
「めでたいわ」
平手五郎左衛門政秀は湯飲みを持ちながら、小気味よいと言った感じで頷いた。後見している千代丸の活躍ぶりは五郎左衛門にとって頼もしく感じる。
嬉しそうな平手と違って浮かない顔をしているのは柴田角内である。
柴田角内たちは虎松丸を盛り立てている。あまり千代丸に功を立てられるとまずいのだ。
「このまま水野を食いちぎろうな。大器とは千代丸殿のことを言う」
平手五郎左衛門は愉快愉快と笑う。それに対して、角内はにこやかに笑みを浮かべている。
(あの小童め、余計な真似を。我ら重臣を差し置いて武功を上げ、新しい家臣団まで率いるとは……危ないわ)
角内はそっと評定の間を抜け出す。平手たちは頼りにならない。その顔は険しく、額には皺が深く刻まれていた。
那古野城。美しい今川の姫たちがいる中、千代丸は廊下に抜け出した。
ふと見ると孫十郎が現れる。
「那古野は良いところだ。ずっといたいわい」
「ハハハ。若らしくもない。心にもないことを仰せられる」
孫十郎が笑い声を上げる。ふと二人とも真剣な表情になる。
「勝幡にいる間者から知らせが届きました。清洲にいる老臣衆が水野に使いを送ったと」
千代丸の頭に柴田角内たちの顔が浮かんだ。重臣たちは千代丸を快く思っていない。さらに守護代の織田家でも重臣たちが千代丸を恐れている。敵は水野だけではない。守護代と勝幡の織田本家にも敵がいる。
「うむ。大儀であったな。……今は泳がせておけ」
「御意」
千代丸はしっかりした足取りで部屋に戻る。部屋には氏豊の妻と娘たちがいた。氏豊の正室の久姫、四女の幾姫、五女の永姫である。いずれも美しい女性たちだ。
「さてさて、次は千代丸の番ですよ! ウフフ」
永姫がニコニコしながら言う。カルタ取り大会は異様な盛り上がりを見せていた。千代丸は三人の輪の中に入ると遊びに興じる。
(永姫、十四歳か。美しく負けん気が強い。嫁に欲しいわい。いや、ここは女衆に取り入る時ぞ。それにしてもくらくらしてしまうわ)
千代丸はにこやかになる。こうして千代丸は今川の女たちと交流を深めることになるのだった。




