27、千代丸と氏豊の密約
那古野城はその威を轟かすように那古野の町に聳えだっている。千代丸は天守から町の様子を眺めていた。転生前に出張で行ったこともあった大都市・名古屋。城下町は武家屋敷が林立しており、家臣団が集住している様子が読み取れる。千代丸は城下を食い入るように眺めた。
「どうじゃ、千代丸よ。この城は堅固よ。織田大和守にも負けぬぞ」
隣には今川右衛門佐氏豊がいる。千代丸はわざと溜め息を吐く。
「何という豊かな地でございましょうか。これもすべて右衛門佐様の善政によるところでしょうな」
「フフフ。嬉しいことを言ってくれるの。民への年貢は安くしてある。皆、畑仕事があるからの。民こそあっての国よ。そうではあるまいか」
「御意。民を蔑ろにして国を統べることができませぬ」
千代丸の答えに氏豊は大いに頷く。
「左様。京では将軍家も細川家もまとまらぬ。駿河も今川も五郎殿が未だ幼少。将軍家には強い将軍が出来れば良いのだがな。諸国の大名がひれ伏すような」
畿内では細川家がその勢威を振るい、安定した政権ができている。それでも火種はあちこちにあった。かつて応仁の大乱に加わった織田家とて無縁ではない。
「千代丸よ、そなたには那古野の商人たちを会わせよう。こちらは刀、槍が欲しい。どうじゃ?」
「願ってもない申し出、是非に」
二人は笑みを浮かべる。貿易協定とも言うべき契約が二人の間で結ばれた。こうして千代丸は那古野今川家を味方に取り込んだのである。
千代丸が不在の大高城では滝川八郎が城内の部屋に籠り、地図と格闘していた。蜂屋兵庫が八郎の部屋を覗く。
「若君は水野の緒川城が欲しいと仰せられてな」
八郎が笑みを見せる。蜂屋兵庫が苦い顔になる。
「水野と戦うか。松平が出て来るぞ。若君も無茶を言う」
「水野一族も一枚岩ではない。ここが攻め時よ。何人か寝返らせてみせるわい」
八郎は自信満々と言った感じで答える。
蜂屋兵庫は口元をきゅっと引き締めた。
(水野と大戦になろうな。松平も出てくれば厄介よの)
兵庫は不安を感じたが、口には出さない。若のことだ。何か考えがあるに違いないと踏んだのだ。




