21、大高城二の丸攻め
享禄四年十二月末、岡崎城の評定は荒れていた。松平次郎三郎清康は険しい顔つきで重臣たちの意見を聞いていた。
「今すぐに大高城に兵糧を入れましょうぞ」
鳥居伊賀守忠明が言うと、清康は口元をきゅっと締める。
「伊賀守よ。水野が敵に回るやもしれぬ。今川も兵を集めておる。ここは動かぬ」
「何と! 大高城を見捨てると仰せか。殿らしくもない。松平頼りなしと国人衆は離れますぞ」
「仕方あるまい。伊賀守殿。殿も苦しいのだ。先の戦で兵も失った」
阿部大蔵が窘めるように言う。松平家筆頭家老の大蔵は時には清康に代わって兵を動かす重臣だ。
「大蔵、何と気弱な」
伊賀守は気色ばむ。しかし、重臣たちも伊賀守の意見には賛同しない。織田家の勢いは強く、その中でも梶原平九郎の軍は精強だ。長槍部隊、弓隊の戦闘力も高い。清康は歯噛みする。
(山口左馬助の奴も寝返らぬし、返す返すも憎いのは千代丸よ。あの童子さえいなければ俺は清洲城も勝幡城も手にしていた。そして畿内の細川を打ち倒し、松平の天下を……おのれ、千代丸め、口惜しや)
清康の鬱屈した思いに重臣たちは気づくことはない。結論の出ない評定はこの後もしばらく続くことになる。
大高城。滝川八郎は馬廻り衆とともに二の丸の城門を眺めていた。
弓矢の雨で城兵は逃げていった。隣には梶原平九郎、蜂屋兵庫がいる。
「攻めかかるっ、者ども進め――――――っ」
軍配を振り上げる。城門の内側が開いた。寝返りだ。
(八郎よ、まずは二の丸を落とせ。その後で降伏を呼びかけよ。大高城は落ちるだろう)
千代丸の言葉が頭の中で蘇る。八郎は馬を走らせると、城門に入っていく。
(大高城内の花井勢の何人かは忍び衆を使って取り込んでおる。十二月には二の丸を落とせるだろう)
喚声が上がる。花井勢が観念したように刀や槍を捨てる。
「降伏した者は殺すな! 敵は本丸に追い立てよ!」
滝川家臣の笹岡彦次郎らが奮戦する。花井勢の悲鳴が上がった。
「これで二の丸は取った。もう勝ったも同じよ」
八郎は馬から降りると息を整える。自分が生きていると実感がある。千代丸のおかげだ。あの若君は俺に生きる場所を与えてくれた。八郎は笑みを浮かべた主の顔を思い出しながら、二の丸屋敷に向かうのだった。




