19、軍師仕官
享禄四年十月、勝幡城の城下町はは色づく紅葉で賑わっていた。そんな中、一人の男がゆらりと現れる。笠を深くかぶった男は城下町を見て溜め息を吐いた。
「ここが千代丸殿の城下町か」
男の名は滝川八郎、甲賀の忍び衆を束ねる男である。鋭い目つきをしているが、町人の視線を感じて柔和な顔となる。八郎は歩みを進める。目指す場所は勝幡城。勧誘してきた織田千代丸の所だ。
滝川八郎が面会を求めるとすぐに城下の屋敷に通された。奥の方にチョコンと童子が座っている。
織田千代丸、三歳。幼いが、気迫が漲っている。八郎は息を飲んだ。
「遠路大儀。書状を読んでくれたか」
「はっ、百石にて召し抱えたいと仰せでしたな。このように身綺麗にして参りました。仕官仕りたい。甲賀も六角の顔色ばかりを窺い、畿内の戦に巻き込まれております。三好に仕えるわけにもいかず、何卒仕官をお許し下され」
「畿内は戦できな臭い。丁度良い。そなたのような甲賀者に求めておってな。家老として評定に加わって欲しい」
「か……家老にございますか」
滝川八郎は口を開ける。大器と聞いていたがここまでとは……。目を丸くする八郎に千代丸は笑い声を上げた。
「そうだ。酒造も始めて、皆忙しくてな。そなたは軍学に通じておると聞いておる。軍師として側にいよ」
八郎は平伏する。国人衆であった八郎にとって大名の子息の家老は重用以外の何物でもない。しかもこの国は国人衆が林立してまとまりがない。ということは戦乱が起きる。八郎にとっては自らの腕の見せ所であった。
こうして滝川八郎は千代丸の軍師となる。千代丸軍団はさらに強化されたのだった。
滝川八郎を自らの部屋に招き入れた千代丸は梶原平九郎と一緒にいた。千代丸の前に尾張国の地図が置かれている。。
「これは……」
八郎は驚く。精巧な地図。甲賀衆でも持っていないで出来の良い地図だ。
「高田城には佐久間左衛門尉を入れてある。これで山口左馬助の動きは封じた。次は大高城よ」
千代丸は扇で指し示す。大高城は守りの固い城だ。八郎はジッと押し黙る。
「ここを落とす。平九郎を大将として兵を動かす。八郎、平九郎に策を授けよ」
「ははっ」
八郎は畏まる。軍師と言う大任だ。
「ふむ。良いの。総大将は平手五郎左衛門に決まっておる。ただし、五郎左衛門の言うことを聞くことはない。大高城をすぐに落とさなくても良い。じんわりと攻め立てろ。松平の者たちがいてもたってもいられなくなるようにな」
「松平一族の寝返りを誘うのですな?」
八郎は真顔で聞く。千代丸は笑みを浮かべる。
「そうだ。松平次郎三郎不甲斐なしとな。大高城を落とせば、松平は元気がなくなる。織田につく者も出よう」
八郎は身を固くする。賢いと聞いていたが、もはや大人と口を利いているようなものだ。これ程の才は見たことがない。
そうだ。これこそが俺が欲しかったものだ。甲賀で安穏と暮らすよりも自分の才覚を試したい、この奇妙な童子の下で。乱世に生まれたのだ。滝川八郎ここにありと示したい。八郎の中で情熱の炎が燃え上がっていた。千代丸はやる気になった八郎を見て満足そうに目を細めるのだった。




