31 ダニエルの身の上話
注:残酷な描写あり。苦手の方はブラウザーバックでお願いします。
一つ目♢で嫌な予感された方は二つ目♢以降退避を。
リズはその日から屋敷に閉じ込められることとなった。なぜか庭の散歩も禁止にされる。不平をいったら、ダニエルが仕事の合間をぬって一緒に庭を散歩してくれた。仕事中に申し訳ないことをしてしまった。それ以来反省してリズは屋敷で大人しくしている。
来客対応は禁止され、アーノルドやダニエルの書類仕事を手伝った。そのほかの時間は、屋敷の掃除をして過ごした。ダニエルとアーノルドが、ジェシーとその一派のメイド達をやめさせてしまったので、屋敷はいま人手不足だ。
ときおり主人自ら庭掃除をしている。ダニエル曰く「今まで家のことをアーノルドに押し付け過ぎた。これからは俺も使用人に目をくばらなけりゃな」だそうだ。
しかし、それは客に見られたらまずいからとアーノルドに全力で止められている。
もう誰もリズの掃除を止めない。最近では反対に「助かる」といって貰える。屋敷の空気が明らかに良くなっていた。最初は遠巻きにしていた使用人達とも距離がちぢまってきて「あんた別嬪さんだし、ハキハキしゃべるから、話しかけ辛かったんだよ」などと言われ赤面した。だんだん皆と気心が知れてきた。
そういえば、窃盗犯は捕まえてしかるべきところに引き渡したと言っていたが、結局誰だったのだろう?
随分使用人が減ったのでわからないが、噂には複数いたと聞く。
昼下がり、人のいない台所でのんびりと茶を楽しんだ。
「リズ」
いつものようにダニエルがやってきた。
「あんたにこれを渡そうと思って」
エメラルドが散りばめられた髪飾り。
「まあ、どちらで?」
もうあきらめていたのでとても嬉しかった。
「ジェシーの部屋から、ネリーが見つけたんだ」
別に驚きはしなかった。そんな気はしていたのだ。
「ジェシーはやめたのですよね」
「ああ、やめさせた。領都の大店の娘だから、何をしても許されると思っている。とんでもないヤツだ。人の屋敷でおかしな派閥作りやがって。
盗みは下働きの男とメイド仲間を使ってやっていた。若いのに質が悪いぜ。
あんたもどうして嫌がらせをうけていることを知らせなかったんだ」
「嫌がらせといっても、それほどでも」
告げ口は好きではないし、もし、ダニエルがリズを信じてくれなかったらと思うと怖くて言えなかった。実家では誰もリズのいう事を信じなかったのだ。
「使用人に聞き取り調査をした。嫌な思いをしたろ」
「まあ、実家に比べれば、全然ましだったので、気にしてませんでした」
リズがけろりという。
「そういう問題ではない。ちゃんと報告しろ。また、今回のようなことが起こってからじゃ遅いだろ」
主人に叱られてしまった。
「そういえば、実家はどうですか? 相変わらず、ご迷惑おかけしているのではないですか?」
「気にするな。たいしたことはない。アボット卿とウォーレン卿が始末じゃねえ、上手く取り計らってくれている」
いま何か不穏な言葉が聞こえてきたような気がする。彼をじっと見つめていると、
「そんな事より、今夜ちょっと時間をとれないか? 話がしたい」
とダニエルはあからさまに話題と目をそらした。
リズもいい加減ダニエルが優しいだけの人ではないことに気付いている。実家はどうなったのだろうかと少し不安になった。
♢
夜半に図書室に訪れたダニエルの為にとぼとぼと茶を淹れた。風もなく、静かな夜だ。
「ここに来た時ネリーから最初に聞いただろう。屋敷の地下室は出入り禁止だと」
リズは主人の言葉に頷く。てっきり、己の実家の話かとおもっていたが、違うようだ。
「あそこで親父が死んでいたんだ」
リズはティーカップを落としそうになった。
「なにか、ご病気か事故で?」
「いや、殺されたんだよ」
なんと声をかけてよいのか分からない。
♢
ダニエルがまだ幼かった頃、父のフランクは妻のエマが亡くなってから、酒や賭け事にのめり込むようになった。
父はいつも留守がちで、給金の支払いは滞り使用人は次々にやめ、屋敷はあれていった。そんな中で最後まで残りダニエルの世話をし続けたのはネリーだった。ほとんど給金がでないにも拘わらず幼いダニエルを可愛がり働き続けたのだ。
それはダニエルが六歳のとき起こった。以前、父の客として招かれたジュードと言う男が屋敷にやってきた。蛇のような冷たい目をした感じの悪い男だ。
ネリーはジュードに屋敷から叩きだされ、締め出された。
「お前の父親はもういない」
男はそういうと、ダニエルを屋敷の地下室へ連れていった。そこには、すでにこと切れた父親が転がっていた。賭場の喧嘩で死んだとその男が言う。
「ここはもうお前の家ではない。だが、哀れだから、面倒をみてやろう」
彼はダニエルを引きずって厩へ放り込んだ。そしてロープで柱に括り付ける。ロープには遊びがあり、ダニエルは10メートル四方は移動することが出来た。
その日からダニエルの厩での生活が始まる。彼は知恵を絞って干し草で寝床を作り、一日に一回与えられる貧しい食事で飢えをしのいだ。そして馬の世話をした。ジュードは、馬を大切にして、飼い葉は欠かさなかった。水は馬の為に汲まれたものを貰って飲んだ。最初の頃は腹を壊したが、そのうち慣れていった。
二年がたち、八歳になったダニエルに男は言った。「お前はもう大きくなったから、働かなければならない」そういって、彼を農場の労働につかせた。もちろん、農場の者たちは、薄汚れた貧相な子供が、領主の息子とは知らない。
「貴族のお坊ちゃんがここで生き残れるかな」
そういって男はダニエルを農場に置き去りにした。
その頃のグレイ家農場は過酷な労働で疲れても安眠できる場所はなく、王都にはいられなくなった脛に傷持つ流れ者の吹き溜まりだった。農場監督は安い労働力を違法に手に入れ、昼夜奴隷のように働かせ、労働者たちの手当てや食費を差っ引き利ザヤを得ていたのだ。
残念な事にすべては父伯爵の怠慢が招いたことだった。




