30 帰還
「悪かったな。そこらへんは雇い主である俺の責任だ。だがな、あんたもあんただ。なんで裏切った元婚約者の馬車になんかに乗ったんだ」
それについて弁解のしようがない。今思うと間抜けだ。しかし、リズは婚約解消の経緯をダニエルに話していない。なぜか彼は事情を知っているようだ。
「あの、ご主人様は私の事情をご存じなのですか?」
途端にダニエルはバツの悪そうな顔をした。
「あんたの実家から手紙が来ていたんだ。最初はおじきが面倒くさがって処分していたんだ。その後は俺が捨てていた」
私信を勝手に捨てるのはいかがなものだろう。
「あんた、帰る家がないって言っていたろ。しかも、行きの旅費しかもらっていないって」
リズは頷く。
「だから、あんたの家のことを調べたんだ。勝手なことして悪かったな」
ダニエルは反省しているようだ。
「雇う人間のことを調べるのは当然です。それと、私信を勝手に捨ててしまうのはよくないとは思いますが、私が手紙を受け取っていたら同じことをしていたと思うので、別に構いません」
「そうかな。あんたの性格じゃあ、捨てずにきっちり読みそうだが」
彼の言う通りだ。丁寧に読んでしっかりと傷ついていただろう。ダニエルはリズのことをよくわかっている。
「それで、エリックってやつからもしつこく手紙が来てな。気になって調べたんだ」
「調べた結果どうだったんですか」
「保身に長けた官吏だと。ありゃ屑だな」
それを聞いてリズは噴き出した。
「ふふふ、確かにそうですね」
「結婚しなくて良かったじゃねえか」
「はい」
エリックのことはもうすっかり吹っ切れている。しかし、やはり疑問が残る。雇用主なのだから、リズの家をただ訪ねて、連れて帰ればいいのではなかろうか。あの時彼は明らかに屋敷の狭い庭に潜んでいた。
それともリズの実家とかかわりを持つのが嫌だったのだろうか。
「最初は玄関から、あんたを迎えにいったさ」
「そうだったんですか」
「偽物だと言われて門前払いされてな。それでよからぬことを企んでいるじゃないかと思ったんだ」
「うちの父がそんな失礼なことを! 申し訳ありません」
リズは慌てて頭を下げる。恥ずかしさと申し訳なさで、顔から火を噴きそうだった。しかし、主人はそうまでしてリズを迎えに来てくれたのだ。
「別にあんたのせいじゃねえや。
埒が明かないから、一緒に連れてった農場の若い者に玄関の前で騒ぎを起こさせた。玄関先に人が集まっている隙に屋敷に入って、あんたを連れ帰ろうとしたんだ」
農場の若い者に騒ぎを起こさせる? いったい何をしたのだろう。冷静に聞いてしまうと、まるで犯罪の手口のよう……。リズは慌ててその考えを振り払う。
「あれ、でもご主人様。そうすると私を連れ出したのはご主人様だとバレているのではないですか?」
リズはそれが心配になる。
「王都には行っていないと、しらを切るさ。あちらさんは俺を偽物だといったんだ」
なるほど。父は自分で自分の首を絞めたのだ。しかし、ますます主人の言うことが、犯罪者めいてきているのは気のせいだろうか。肝が据わっている。まるで開き直った悪……。リズはそこまで考えてふるふると首をふる。
「ウォーレン卿やアボット卿を頼ることも考えたが、それでは時間がかかりすぎる。一刻もはやく、あんたをあの家から連れ出したかった」
確かにあのタイミングで助け出してもらわなければ、大変なことになっていた。本当にあの家にいることは我慢ならなかったのだ。
その後リズはダニエルに問われるまま、父に何を言われたかを話した。
「まあ、俺も黙ってないで警告しときゃ良かったな。そうすりゃ、あんただって、あっさり攫われなかったろう。
俺宛にきていたあんたの父親からの手紙の内容だが、かいつまんで言えば、手当をはらえだの、あんたの賃金を全額自分に送金しろとか言う内容だった。
だから、もう危篤だと言われようが、何だろうが帰るな。ああいうタイプの人間はそう簡単に死んだりしねえよ」
主人の口の悪さには慣れている。リズは家族を庇う気も失せ、こくこくと素直に頷く。
それよりも知らないところで、とても彼に迷惑をかけていた。ダニエルは素知らぬふりでリズを雇っていてくれたのだ。感謝しかない。
以前、実家に帰るなと言った彼を横暴だと思ってしまった。本当はリズのことを心配してくれていたのに。
「とりあえず、しばらくは屋敷の外にはでるな」
リズはこくりと頷く。
「あの、でも、父がまた何かいってきたら、ご迷惑をかけてしまいます」
もう随分迷惑をかけている。それにダニエルの仕事の方が大丈夫なのだろうか。
「あんたは気にしなくていい。それよりもふらふら出歩くな。しばらくは街へ行くのもやめておけ」
至極もっともだ。見つかったら妾として、売られてしまう。それもベレル家など絶対嫌だし、姉と結婚するエリックの妾などさらに考えられない。
♢
「まあ、リズ。よかったよ」
屋敷に入るなり、ネリーが抱きついてきた。二人は再会を泣いて喜んだ。
「一時はどうなることかと思ったよ」
アーノルドも喜んでくれた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
と頭を下げると
「やめてくれ、リズ。私の責任でもあるんだ。ご主人様からは聞いたかい?」
「何のお話ですか?」
リズが首を傾げる。
「ジェシーがあのエリックとかいう王都の優男に、ご主人様の留守を教えていたんだ」
「え? なぜ、そのようなことを」
「ご主人様が、彼を出入り禁止にしたから、ジェシーに金を掴ませて屋敷の情報を流させたんだ」
「まあ!」
エリックの汚いやり方にも呆れたが、何気にダニエルが、リズの知らないところで、いろいろと事を運んでいたと知った。どのみち、ダニエルは屋敷の主人なのだから客人は選べる。
それにリズにしても、エリックや実家の家族に会いたいかと問われれば、ノーだ。
「ご主人様の場合は領主様というより、ならず者の頭目って言った方がぴったりくるかな」
「ならずもののとうもく? 何ですか、それ」
小首を傾げるリズの反応を見てアーノルドがふっと笑う。
「君はいろいろと鈍いね。まあ、わからなくてもいいか」
「いろいろ」のところにアクセントを置き、アーノルドがため息を吐いた。




