23 王都からの客、その後
夕刻に主人が帰ってきた。忙しそうだったので、手が空くのを待つ。いつものように台所で茶を飲んでいるとアーノルドがやってきた。
「リズ、今日は君に客が来たんだって?」
耳が早い。
「はい、実家から、久しぶりに人が訪ねてきました」
するとアーノルドがリズに包みを差し出す。
「珍しいだろ? コーヒーが手に入った」
なぜかここの主人もアーノルドもコーヒーに夢中だ。しかし、それは苦くて、ミルクと砂糖がなければ到底飲めない。
明日皆に入れてあげようと礼を言う。
「で、何の話だったの?」
「はい?」
「実家の使いだよ。用事があって遥々王都からきたんだろう? なんでもリズのもとに王都から男前の紳士が訪ねて来たって、使用人達が騒いでいたよ」
面倒くさいことになりそうだ。これはリズに説明責任があることなのだろうか? 明日が思いやられる。王都からの客に皆興味津々なのだろう。
「はい、そのことで、ご主人様に相談があったのですが」
「ふーん、ならば、私が聞いて、ご主人様に話を通そうか。その方が早い。で、その訪ねてきた紳士は誰? 君との関係は?」
矢継ぎ早に質問する。気安い口はきいても、アーノルドは今までこれほど不躾ではなかった。王都と聞いて変なスイッチでも入ってしまったのだろうか。
「使いは、姉の婚約者です」
言う義理はなかったが、リズの中でエリックのことは随分吹っ切れていた。
「王都に帰るの?」
「少しお休みを貰おうかと」
「それなら、私も一緒に行こうかな」
アーノルドはよく王都の実家に帰る。そのたびに馬車代をシェアして帰ろうとリズを誘う。確かにここから王都までは遠い。馬車代が半分でも浮けばらくだ。
「なんでですか? アーノルドはお仕事があるでしょう」
「王都に人気のカフェがあるんだ。連れて行ってあげるよ」
王都のカフェなど目が飛び出るほどどれも値段が高いだろう。リズは遊びに帰るわけではないので断ろうと口をひらきかけると
「私がおごるよ。日頃の君の労をねぎらって」
しまり屋のアーノルドが珍しいことを言う。真意を確かめようと彼の瞳を覗き込む。
そのとき、こんこんと、台所の少し開いたドアをノックする音がした。
「アーノルド、こんな時間にリズとなにしている」
すこし不機嫌なダニエルの声。彼は、最近出てきた貴族的な威厳を漂わせてドアを背に立っている。アーノルドは主人を見てぎょっとした。彼はダニエルがここによく訪ねてくることを知らないのだ。とりわけ、屋敷を留守にした後は必ずと行っていいほど茶をのみにやって来る。
ダニエルが言うには外で領主様をやっていると疲れるのだそうだ。彼はここで思う存分行儀悪く振る舞い、すっきりして帰って行く。
リズが二人分の茶を淹れようと席を立つと「アーノルドは、疲れていてもう休むから」と言って追い出してしまった。珍しい主人の横暴に驚く。二人は喧嘩でもしたのだろうか。だとしたら、きっとアーノルドが悪い。ここの主人は穏やかな気性なのだ。
「リズ、だめじゃないか。こんな夜更けにこんなところで男と二人きりでいるなど」
どうやら主人は例外らしい。
「ちゃんと扉は少し開いていますよ」
「口説かれていたのか?」
何を言い出すのだろう。びっくりして首をふる。ここには若い娘などいっぱいいる。わざわざ年増のリズを口説く意味がわからない。
「違います。コーヒーのお土産を頂いたのです。明日お出ししますね」
「へええ……」
と言って目を眇める。なにやら、ご機嫌斜めのようだ。ここへ来るときは、たいてい上機嫌の時か疲れているときが多いのにめずらしい。
クラバットは乱れ、いまにも首から落ちそうだし、彼は長い足をくみ、邪魔そうに机の上に投げ出している。粗野な男に逆戻りだ。
いつもにもまして行儀が悪くて、もの申したいところだが、今回は十日間ほど、視察に出ていたので疲れているのだと思いなおし、見逃してあげることにした。
「よく考えたら、ここは危険だな。誰でも出入りできる」
そう、屋敷の中の泥棒はまだ捕まっていない。
「今度から、図書室で茶をのめ」
「はい?」
図書室は昼に開放されているが、夜は主人が鍵をかける。意外に高価な本が眠っていたのだ。まだ屋敷の窃盗犯は捕まっていないし、最近では客がよく出入りする。
ダニエルは机から足をおろすと、リズに銀色の鍵を差し出す。
「図書室は、あんたと俺とで管理しよう。いつでも好きな時に入って茶を飲むといい。専用のティーワゴンも買ってやろう」
何だかすごく特別扱いされている気がする。受け入れていいのだろうか。
「いえいえ、結構です。それに図書室の鍵ならば、アーノルドがお持ちになった方がよろしいのでは?」
「いや、あんたが持つんだ。そろそろ雇用内容を見直そうと思ってな」
首になるのではとどきりとしたが、図書室の鍵を渡されたのだ。この屋敷を追い出されることはないだろう。




