16 正式雇用?
「やめないか」
マーカス・アボット卿とその従者がゴードンを止めに入った。
「私はウォーレン卿の代理人だ。この状況はどういうことだ」
それを聞いた瞬間ゴードンとアンヌが怯んだ。相手が何者かもわからず、暴れるなど信じられない。
リズは深呼吸をして気を落ち着かせると席を立ち、茶の準備をすることにした。早くダニエルが帰って来てはくれないだろうか。
茶を出しおえるとゴードン夫妻に聞き取りをしたいから、リズは席をはずすように言われた。
不安に思いながらもいつものように掃除をすませ、食料の在庫のチェックをする。
彼らはここで夕餉をとるつもりなのだろうか。食材が足りるかどうか不安だ。それにリズは簡単な家庭料理しか作れない。彼らの口にはあわないかもしれない。
しかし、ここらへんには店もないので、大人数の食事の支度をし始めた。やはり、王都に帰るようにいわれるのだろうか。不安を振り払うようにリズは料理に没頭した。
ダニエルが正式に自分を雇ってくれればいいのに。
夕刻になると、ダニエルが戻った。早速彼に来客を告げるとサロンに行ってしまった。客に出すには乏しい料理の相談をしたかったのだが、その暇もない。客人たちに新たに茶を淹れなおし、
じりじりしながらダニエルを待つ。それほど長くまたされることもなく彼が戻ってきた。これから客を送るという。
「リズ、食事の準備はいらない。旦那様方は街に宿をとっているそうだ。俺はそれについていく。夜更けになるだろうから、あんたは先にやすんでいろ」
それを聞いてほっとした。
「あ、でもこれ作っちゃいました。どうしましょう?」
「今日食べて、残りは明日に回せばいい」
無駄にせずに済んで良かった。ここでの生活は自給自足なのだ。リズはパンも焼けるようになっていた。
そして、いつの間にやら叔父夫妻も帰されたようだ。もう来なければいいのに。
先に休むように言われたが、やはり心配でダニエルの帰りを待つ。
彼の戻りは深夜となった。起きていたリズを見て驚いたようだ。
二人だけの夕餉、静かな食卓に彼がカチャカチャと立てる食器音だけが響く。もうこれにも慣れたし、不快とも思わない。
それよりも、自分の処遇はどうなるのかが気になった。王都よりもここでの生活が気にいっている。ここをやめさせられるのだろうか。実家にも帰れないし、王都ではどこの家もきっと雇ってくれない。いっそのこと名前を変え、髪を染めようか……。
食事が終わり茶をだすタイミングで聞いてみた。
「それで、私の処遇はどのように」
「当初の通りだ」
いつもと変わらずぶっきらぼうな口調で答える。
「当初のとおりといいますと?」
「家庭教師の仕事をしてもらう」
どこに生徒がいるのだろうと首を傾げる。ここにきた当初ならばうれしい申し出だが、今はこの生活に慣れてしまったので戸惑うばかりだ。
「あんたに見栄を張ってもしょうがねえから言うが、俺は読み書きもできないし、計算もできない」
「……」
衝撃的だった。仮にも彼は伯爵だ。いったい何があったというのだろう。ダニエルは特別馬鹿にもみえないし、粗野な見かけに反して気遣いが出来る。むしろ頭の回転ははやそうだ。
「悪いが事情は話したくない」
こちらの詮索を拒むように、きっぱりと言われた。それは理解できる。リズにしても家に帰れない事情は話したくないし、触れられたくもない。
「ならばお聞きしません。では、いつから授業をなさいますか? ペンや紙などを用意しなくてはなりません。失礼ですが、お持ちでしょうか」
「わかった。明日街に出て買ってきてくれ」
「はい、承知いたしました。ただ、街はどちらにあるのでしょう? 歩いて行けますか? 私は馬に乗れません」
どうしましょ?




