12 いつまで置いてもらえますか?
リズはやはり納得がいかなかった。いったいどういった事情で、子供もいない家に家庭教師として紹介されたのだろう。行き違いにしてもひどすぎる。
それにここの主人はいつまでリズを屋敷に置いてくれる気なのだろうか。チラリと朝食を食べているダニエルを見る。相変わらず髪はぼさぼさで、髭も当たらず毛むくじゃらだ。彼は黒髪で背丈も大きく、労働しているせいか肩や胸板も厚いので、少し怖い感じがする。
そして気になるのは爪、いつも土が挟まっている。あれではいつか腹をこわす。何とか爪の手入れをするように誘導できないものだろうか。衛生的な方向にもっていきたい。
あまりしゃべらない人だが、相変わらず、食器をがちゃがちゃいわせて賑やかだ。そして食事を済ませるのが、異常に速い。噛まないのだろうか。消化に悪い。
「なんで、いつも俺が食っているのを見ているんだ」
不機嫌そうな低音の声が響く。前髪の影からぎろりと睨まれた気がする。ついつい彼の所作に目がいってしまうのだ。
「いえ、そんなに早く食べ終えて、味がわかるかなと」
言ってしまってから、しまったと思った。彼はこう見えてもここの主人で伯爵なのだ。彼の一存でここに置いてもらっている。分を弁えなければ。
しかし、どういうわけか伯爵家の実権をもたず、なぜか叔父を代理人に立てている。この人は実はとても人が良くて、あの暴力的な叔父に、騙されているのだろうか。
「ああ、このメシ、あんたが作ったのか。旨かったよ」
「え……?」
思索の途中に、投げられた言葉にリズは驚いた。どうやら彼は、朝食を作った礼を言って欲しいと勘違いしたようだ。疑問をそのまま口にしただけなのだが……。
しかし、こういう受け答えをする彼はきっといい人だ。リズは礼を言ってから、懸念事項を聞いてみる。
「あの、昨夜、グレイ子爵夫妻がいらしていたようですが、私のことでしょうか?」
「ああ、その話もあったな」
「それで、私は追い出されるのでしょうか?」
単刀直入に聞いた。
「真面目に働いてりゃ、そのうち何とかなるんじゃないのか」
歯切れの悪いダニエルの返事に失望を覚える。やはり、近々追い出されるのだ。
「もし、私を解雇するのならば、まとまったお金は頂きます」
言いたくはなかったが、リズにも生活がある。実家が彼女を受け入れてくれるとは思えない。姉の結婚を祝福すればよかったのだろうか。しかし、それは、無理というもの。
「まとまった金を貰ってどうするつもりだ? この間は家に帰れないと言っていたじゃないか」
その言葉にどきりとした。彼は憶えていたのだ。
「はい、この近くの街で仕事を探すつもりです」
「あんた一人でか?」
「できればご紹介して頂きたいのですが、無理ですよね」
そう言ってリズは唇をかんだ。かなり不躾な御願いをしている自覚はある。本来ならば、行き違いだと叩き出されてもおかしくない。しかし、今のリズには恥をしのんでお願いするしかない。
「それは……おじきの都合が悪いだろうな」
ダニエルが意味不明なことを言って、あごに手を当て、しばらく思案する。髪も髭もぼうぼうの彼の表情は分からない。不安な面持ちでリズは彼の次の言葉を待った。
「それ、結構いい案かもな」
「え? それは街で仕事を紹介して頂けるということですか?」
「この屋敷にいるより、そっちの方がいいのか?」
「いえ、お屋敷に置いてもらえる方が、ずっといいです」
「あんた、かわっているな。こんな田舎のきったねぇ屋敷がいいのか」
呆れたようにダニエルが肩をすくめる。今度は自分の屋敷を汚い呼ばわりだ。
「まあいいや。おじきとの交渉材料に使えるな」
「交渉材料?」
「ああ、あんたをここに置いとくためのだよ。おじきは、この屋敷の噂が街に広がると都合が悪いらしい。まあ、領主の屋敷がこんなじゃな。だから、あんたをやめさせると街に行っちまうから不都合だと言って話してみる」
どうやら、ダニエルは叔父にリズを置くように言ってくれているようだ。気持ちが温かくなる。粗野な見かけと違い彼はやさしい。
それに弱みを晒しているのに、リズに手を出す素振りも見せない。まあ、少し薹が立ったリズに魅力を感じないのかもしれないが……。
いままでの勤めた貴族の屋敷の中にはリズに手を出そうとする主や子弟もいた。そのせいで揉めて首になったこともある。彼は違うようでほっとしていた。
そして、ここはますます居心地がいい。




