第十九話:ガールズトークは蜂蜜と一緒に
なんか別の話を間違えて投稿していました。
こちらが本当の十九話です。
その後、元気君達と校門前で別れ、一人になった私は周りをキョロキョロと見回した。
万が一にも元気君達に聞かれないように。
折角懐いてくれた可愛い後輩達。とってもいい子達だと思う。
例えイケメンだからってこんな事で離れていってしまうのはあまりにも惜しい気がする。
いや、いつまでも隠しておくつもりはありません。
時期を見て、謝罪と共に私の本名を明かしたい。
それでも笑顔を見せてくれるかは分かりませんけど……。
でももう少しだけ……今は現状維持に努めたい。
それから私は周りを見回し、大丈夫な事を確認して携帯を取り出し呉羽に掛けてみる。
けれど、今朝同様彼は出なかった。
あうっ、どうしたんでしょう呉羽は?
ハッ!! もしや着信拒否!?
うぅっ、だとしたら悲しすぎるっ……!!
じわっと滲みそうになる涙をグッと堪え携帯を握り締めていると、
「ご機嫌よう、お姉さま? このような所で立ち止まって何をなさっているんですの?」
「あ、乙女ちゃん。おはよう。吏緒お兄ちゃんも……」
「おはようございます。ミカお嬢様」
声を掛けてきたのは乙女ちゃんと吏緒お兄ちゃん。
乙女ちゃんは、私がいつまでも校門付近に居る事を不思議がって、コテンと首を傾げている。吏緒お兄ちゃんも顔には出していないけど、おそらく同じように思っているだろう。
それよりも、こうして目の前に吏緒お兄ちゃんが居るのだから、呉羽と話したいということをちゃんと彼に告げなければ。
そう思うのだけれど、いざ彼を目の前にすると中々告げられず、私は半ば無意識に乙女ちゃんに縋りついていた。
「う〜、乙女ちゃんっ!!」
「〜〜っ!? んまっ、まぁ〜っ! いや〜ん、お姉さま何事ですのー!? そのように抱きつかれたら、乙女は、乙女は〜!」
乙女ちゃんはクネクネと体をくねらせて縋りづらい事といったらない。
縋りつく人選を見誤ったかもしれない……。
でも、だからと言って吏緒お兄ちゃんに縋りつくのも何か違うような気もする。
「ミカお嬢様? 一体どうなさったのですか?」
「………」
私はその問いかけにビクンと体を震わせてしまう。そして、更に乙女ちゃんに縋りついた。
け、決して吏緒お兄ちゃんのお仕置きが怖いとかじゃありませんよ!
えぇ、そうですよ。そうだよね……? そう思いたい……。
「んままままぁ〜!! ンフ、ウフフフフ……」
「っ!?」
不気味に笑い出す乙女ちゃん。
思わずビクッとしちゃったけど、本当に見誤ったかもしれない……。
「あれ? 皆集まってどうしたの? 特に乙女ちゃん。俺という者がありながら堂々と百合しないで」
そこに現れたのは最近乙女ちゃんの彼氏になった日向君である。
「っ! 日向真澄ー! 何度言ったら解るんですの!? 気安く名前で呼ばないでくださいまし!」
憤慨するように怒鳴る乙女ちゃんだけど、見る人が見れば単なる照れ隠しだと判る。
これぞ本格的ツンデレ。流石は乙女ちゃん。お嬢様はツンデレ仕様なんですね。
日向君も解っているのか、困ったように笑っていた。
「それよりも、乙女ちゃん。二人きりで話せませんか?」
「え……?」
私のお願いに、乙女ちゃんだけでなく他の人達までも吃驚した顔をしている。
「えぇ!? もしかして本当に!? いくら如月君と喧嘩中だからって、百合に走っちゃだめだ! 女の子が、しかも初恋の子がライバルなんて、凄く笑えない冗談だよ!?」
「そうですミカお嬢様! 相談したい事があるのなら私が聞きますから!」
「ううん、どうしても乙女ちゃんとガールズトークがしたくて……」
「っ!!」
この時、乙女ちゃんの体がビクンと揺れた気がした。
ハテ、何か気に障るような事したっけか?
などと内心首を傾げていると、乙女ちゃんの体が正じぃの如くバイブレーションしはじめた。
「……ガールズトーク……なんて甘美な響きですの……。しかもお姉さまとっ! 男性を交えては決して味わえない禁断の果実ですわね? うふふ、いいですわ。定番の恋バナでも、日頃口に出して言えないような自身の性癖でも、ドンと来いですわ! 寧ろ猥談一本でもいいですわ!」
え? 乙女ちゃん何言ってんの!?
アカンアカン! 乙女ちゃんが暴走してるよ!?
しかも、何かガールズトークに変なこだわりと言うか、偏見と言うか、でもあながち間違ってもいないような……?
兎に角、乙女ちゃんがおかしなテンションだ。
「お、乙女ちゃん?」
「オホホホホ! さぁ、そうと決まったら早速二人きりになれる場所に行きますわよ! 杜若! 絶対についてきては駄目ですわよ!」
「しかし、お嬢様――」
「命令です。盗み聞き……盗聴も許しませんわ」
「っ!」
冷たく言い放つ乙女ちゃんの言葉に何も言えなくなる吏緒お兄ちゃん。
いやいや、盗聴は犯罪だって……。
でも、主人の言うことは絶対らしいですね。それがお嬢様と執事……主従関係と言うものでしょうか……。
乙女ちゃん流石生まれながらのお嬢様。命令が板に付いてます。人を使う事が当たり前だったんでしょうね。
うぅ、お兄ちゃんごめんなさい。
なんて、少々吏緒お兄ちゃんに罪悪感を抱きつつ、乙女ちゃんと共に二人きりになれる場所に向かったのでした。
「えっ? 何で保健室? 二人きりになれる場所じゃ……」
てっきり屋上か中庭かと思ってたけど……。
「少し冷静になって考えてみたところ、麗しのお姉さまを前に二人きりでガールズトークなど、わたくし自分を抑える自信がありませんわ。きっと押し倒した上にあんな事やこんな事、終いにはそんな事までしてあまつさえ動けなくなったお姉さまをいい事に追い打ちをかけるが如くもう一度あんな事を……」
「お、乙女ちゃん?」
一瞬、乙女ちゃんの視線が物凄く怖い事になっていたような?
んでもって尋常じゃないほどの鳥肌が……。
そんな乙女ちゃんに声を掛けられた私は勇者だと思う。
「ハッ、あらやだいけませんわ。わたくしったら……オホホホホホ! フゥ、この人は信用できますからご安心を」
「いや、そんな何事もなかったかのように普通に戻られても……」
本当に何事も無かった事にしてしまった乙女ちゃんが、この人と紹介した人物。それは蜂蜜が大好物の赤いチョッキがよく似合う、あの黄色い熊さんによく似た人物……何を隠そう保険医の和子先生である。
そう、此処は保健室であった。
「あらあら、堂々とさぼる気? 許しませんよ?」
「さぼるなんて人聞きの悪い。ガールズトークはわたくし達女性にとって、立派な女子力アップの為の授業ですわ。心配なさらずとも和子もガールズ仲間に入れて差し上げます」
そう言いながら、乙女ちゃんは和子先生にクッキーを差し出した。仄かに香る香りから、蜂蜜入りと分かる。
え? それって賄賂?
と言うか、呼び捨て!? でも和子先生普通だし……。
いつの間にそんな仲良くなってるの!?
などと思っている傍で、和子先生は「あら悪いわね」なんて言いながらクッキーを一つ摘んでパクリ。賄賂が成立してしまった。
か、和子先生いいんですか!? いや、教師……ではないですけど、大人としてそれでいいんですか!?
その日、私は大人の影の部分を垣間見てしまったような気がした……。
「相変わらず蜂蜜入りなのね。先生、シナモンもチョコチップもいける口よ」
ちゃっかり強請ってますね、和子先生……。
と言うか、蜂蜜でなくともいいのか……。プーな熊さんの唯一無二の好物じゃないのか……。
「まぁ、そうでしたの? てっきり蜂蜜に目がないのだと思ってましたわ」
「あら、そんな事はないわよ? よく言われるけど。一体どこからそんな情報が流れてくるのかしら?」
和子先生、心底不思議そうに首を傾げてるけれども。
やはり他の人達も和子先生を見て、あの蜂蜜好きの黄色い熊を思い出すのか……。
と言うか和子先生、ほんと全然自覚無いんですね。
道で歩いててすれ違った子供とかに言われた事無いんでしょうか?
それともそれさえも自分と気付かないとか?
「さぁお茶の用意も出来たからガールズトーク始めましょうか」
私が色々考えている内に和子先生はお茶の用意を終えていたようである。
「さ、さ、お姉さま! 此方にお座りになって! 当然わたくしの隣ですわよ! そして余すことなくお姉さまの赤裸々なお話を!!」
「え、あの、ちょっと?」
「そうねぇ……私としては噂の彼氏君とのあれやこれやを聞きたいわねぇ……」
「えぅっ、和子先生いきなり確信の話題!?」
それとなく其方の話題に此方から振っていこう思っていたのに、いきなりズバリと聞かれてしまい、全く心の準備が出来ておらずアタフタとしてしまう。
流石保険医です。伊達に多感なお年頃な生徒達の悩みを聞いてませんね……。
でもそうだな、そんな悩みを聞くエキスパートが居るんだから、聞いてもらうのも一つの手かもしれない。
元々今回のことをグチらせてもらおうとしてたんだし、ちょうどいいよね。
こうして、私は蜂蜜の香り漂う保健室で溜まりに溜まった鬱憤をぶつけたのだった。
でもまさか、その時呉羽が正じぃによって、とんでもない目にあっていたなんて、知る由もなかったのである。
~おまけ~
「ま、正じぃ……?」
見上げる先にはどうやってそこに上ったのか、木の枝に立つ正じぃの姿があった。
相変わらずブルブルと絶妙なバイブレーションを見せる彼であったが、不思議と不安定感さは感じなかった。
そしてその足元にぶら下がるそれ。
それはそれは大きく見事な蜂の巣。
呉羽の脳裏に、「まさか」の文字が浮かぶ。
その予感に準ずるようにゆっくりと上がってゆく正じぃの杖。
「ま、正じぃ! や、止めようぜ! ほら、正じぃもピィちゃんも危ないだろ?」
「あ~……ぜったいない!」
正じぃの言葉と共に振り下ろされる杖。
パコンと小気味良い音を立てる蜂の巣。
一拍程間をあけた後、“ぶーん”と不気味な音と共に巣から黒い固まりが出てくる。
それは一番近くにいる震えるおじいちゃんを真っ先に襲うかと思われたが、何故か黒い固まりは全く関心がないとでも言うように正じぃには見向きもしない。
そして興味津々ですこのヤローと言うように、彼らは呉羽を標的とする。
「いやいやいや、ないないないっ! 正じぃ絶対無いなんて有り得ないからっ! 俺だけに来るなんてマジで……ぎゃー!!」
呉羽は目の前に迫る脅威から逃げ出した。
その後を黒い固まりが“ぶーん”と追いかけるのを、正じぃは木の枝から眺めている。
まあ、この後逃げきれず黒い固まりに追いつめられ、あわやと言うところで正じぃが現れ必殺技を繰り出し蜂達が気絶して、呉羽が「正じぃすげー」となるのだがそれはまた別の話である。
※正じぃの言葉
「ぜったいない」→「自然と一体になれば襲われる事はない」
だったりする。




