8 完全勝利タクティクス初級編6
話は4日後に戻ります。
案の定、例の企画書の件で部長に責められています。
田中さんの言葉を借りるなら、私は戦う前から負けていた、ということになります。
そしてこの状況を起こしたのは、私の判断ミスだそうです。
一緒にティッシュ配りをしたあの日、そのように告げられました。
とても納得がいきません。
私は断りたい気持ちをグッと堪えて、親切心で引き受けたのですから。
でもそれは間違っているそうです。
断る勇気が、私にはなかったと指摘されました。
断る勇気ってなに?
それが知りたくて、その後、3日間、仕事が終わると田中さんの事務所へ行き、ティッシュ配りの仕事を続けました。
私は、田中さんに指摘され萩原部長が難癖をつけてくることを覚悟していました。
いえ、楽しみにしていたと言った方が正確なのかもしれません。
それがまさしく現実のものとなったのです。
萩原部長はブチ切れて、私の机に企画書を投げつけたのです。
クライアントに会う前に、一度確認しておけばいいだけのことなのに、それすらできない愚か者が、私に向かって感情豊かに吠えているのです。
数日前まで怖くて仕方なかったのに、今の私には、部長がキャンキャン吠えているだけの哀れな犬に映りました。
ティッシュ配りの修行が、私にメンタル力をつけたようです。
部長さん。
何をそんなに吠えているの?
仕事が破断になったのが悔しいの?
それとも中途半端な企画書を見せて、クライアントに怒られたの?
ただひとつわかるのは、あなたは怖くて仕方ないの。
私に怒っても何も解決しないというのに、ただただ恐怖という感情をあらわにしているだけの愚かな生き物。
だからこうやって威嚇して、強く見せているだけなんでしょ?
まぁ、戦う相手が間違っているけど。
あなたの戦う相手は私ではないわ。よい提案で仕事を勝ち取ることがあなたの仕事なのよ。
あなたは戦うことから逃げている。
田中さんから指摘され、まさしくそうだと思いました。
田中さんは、
『で、しがないOLの足立さんは、どうしたんだ?』
と、問われました。
その質問に、静かに『復讐よ』と答えました。
田中さんは眉根を寄せて、考え込みました。
しばらく、俺ならこうすると言いました。
これより私は、部長にそれを告げます。
「まだ間に合うの?」
「は? 何がだ?」
「その商談……、まだリカバリーできますかと質問しています」
「は? 客はこの企画書を見て、あまりの酷さに失笑して、商談は見事に破断で終わったわ。折角、何度も飲みに連れて行って築いたネットワークがすべてパーだ! どうしてくれるんだ!?」
「だから敗者復活戦をしませんかと問うているのです。この企画書のどこが駄目なんですか?」
「は? 駄目なものは駄目に決まっているだろうが!」
「だから、どこがいけないのですか? 値段ですか? 品質ですか? お客様はどこが気に入らないと言ったのですか?」
「知るか! 幼稚なんだよ。すべてが!」
「どこが幼稚なんですか? 説明が分かりにくいのですか! それともチャートに信憑性を感じなかったのですか?」
「すべてが嘘くせぇんだよ! お前のようにな!」
「私が嘘くさく感じているのは誰ですか? 部長ですか? 私の質問に答えてください。クライアントはこの資料のどこが納得できなかったのですか? それを教えてもらうことはできないのですか?」
「うるせぇ! てめぇはイカれているのか? 断られたのに今さらどうなる?」
「断られたのは、この商品がクライアントの望む導線になかっただけ。ならクライアントの手に届く高さに合わせてあげたら良くないですか? ワンチャンス逃しましたが、次で挽回していきましょう」
「何を知ったように。営業はそんなに簡単なもんじゃねぇよ!」
「なるほど。あなたはクライアントが怖いのですね? では私が変わってお聞きしましょうか? 社名、担当者と電話番号を教えて頂けますか?」
私が受話器を取りました。
部長は慌てて私から受話器を奪うと、「てめぇ。何をする気だ?」と凄い形相で睨んできます。
私は静かに部長を見上げ、「この商談を成功させたいです。それだけですが、何か?」と答えました。
社の誰かが、「足立さんの言う通りだ」と同意を示しました。
それを皮切りに「俺もそう思う」「私も」と続きます。
社長は「いやぁ、実は僕は、みんなが一丸になることを望んで敢えて駄目な企画書をだな……。あははは」と取り繕っています。
部長はチィと唾を吐き捨てながらも、「分かったわ、クズ」とひとつ頷きました。
本当にあなた達は分かっているのかしら?
私の復讐劇は、たった今からスタートしたのですよ。




