15 完全勝利タクティクス中級編1
心の中で降っていた雨は、いつしか本物となっていました。
気付いた時には、伊藤さんは傘をさしてきました。
土砂降りの中、ただただ呆然と立ち尽くしていました。
静かに話される伊藤さんの声は、あまり頭に入ってきません。
「今のあなたのお気持ちは理解しているつもりです。ですが、これ以上濡れると次なる修行に支障をきたします」
そういうと伊藤さんは傘を差し伸べてきました。
「でも、伊藤さんが……」
「携帯用の傘を持っておりますので」
私に傘を渡すと、スーツの中から折り畳み傘を取り出し、無駄のないスマートな動きで傘をさしました。
「まずは祝福を述べさせてください」
「祝福って、何がよ!」
「あなたの勇気ある行動により、物語が大きく動きました。すべてあなたの思惑通りの方向に」
「え? だって私……。今、とてもつらいし、悲しいし……、なんか……」
「あなたは最初、こうおっしゃられた。――あいつらを圧倒的にめちゃくちゃにこれでもかってくらい思い知らせてやりたい、と。
AKUTOKU商事の完全破壊こそ、あなたの理想する未来。
そしてわたくしが記したXディの封筒を、足立様は約束通りいまだ大切に保管されている。そうですよね?」
私は小さく頷くしかありませんでした。
「想像以上のハイスコアです。上司はあなたに気を使い、飲みの席へ誘おうとした。第一段階である敵に信頼されるところまで、到着したと言っても過言はないでしょう。
そしてあなたは、田中氏から戦術を学び、次なる目的成就のため、その縁を絶った。これ以上、善なる者との交流はあなたにとってマイナスにしかならないのですから、正しい判断であると確信しております」
淡々とした伊藤さんの言葉に、私は何も返すことができずにいます。
しかし、言いたいことは、たくさんある。
信頼していた田中さんの存在。
それは私にとって、あまりにも大きく、そしてかけがえのないものでした。
それが今、粉々に破壊されたのだから。
ですが、そう。
私には前進しかない。
あいつらを倒すために、私は噴気した。
「で……、次は何をしたら……」
「これより中級編へと入ります。明日の早朝、この場所へ行っていただけませんか?」
「今度は何の修行ですか?」
「初級編では技を、そして中級編では体と心……」
体と心?
それはもしかして悪へ染まるための?
「あなたにとって、大いなる学びがあると確信しております。それではわたくしは、これで」
そう言うと伊藤さんは踵を返し、夜の闇へと消えていきました。




