義母アルビダの依頼
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カインとマリアの二人が続ける会話は、楽し気で甘い味がするが、どこか剣呑で危険な香りがする雰囲気を漂わせる。
そんな目隠しで綱渡りをする様な会話の終わりを告げたのは、ノースオブエデンに足を踏み入れる者の足音だった。
その足音の主はノースオブエデンのマスターであるキースだ。
彼は義眼を付けた司祭の男の死体を処理し終え店内に帰って来ると、先程までの騒ぎや死体を処理したこと等なかったかの様に、平然とカウンターに戻り二人の空いているグラスにウイスキーを注ぎ悪魔の涙で割る。
「あー、それで依頼の説明っていうか経緯か? これに関しちゃ俺が受けた依頼じゃない。初代ノースオブエデンの主、俺の義父が受けた依頼だからな」
「そのアンタの義父は?」
「知らん。十年前から行方不明だ。死んでるかもしれんし生きてるかもしれん。知ってるのは俺は今、十七歳だから。俺を拾ってくれた義父がアルビダから依頼を受けたのは俺がまだ七つの頃らしいってことぐらいだな」
「おいおい、その計算だとアンタの義父が行方不明になった頃に、アルビダ義母さんが依頼したってことか?」
「そうなるな。あと、知ってるかもしらんがアンタが持ってる羅針盤のペンダントは、義父が作った魔法具でな、それの針が指し示す方に行けば、このノースオブエデンに辿り着ける様になってる」
首に下げていたペンダントを外し、チェーンを指で摘まんでマリアは自身の目の前にきたペンダントトップの羅針盤を見る。
「アルビダ義母さんはなんて依頼したんだ?」
「自分の義理の娘、マリアをヴァンパイアの花嫁にされた悪夢から解き放ってくれと依頼してきたらしい。魔族の元姫、女海賊アルビダにも解決できない問題を俺の義父に頼んだ。そして義父は俺に、もしアルビダが死に、自分もいなくなってしまい、俺の所にそのハイエルフの娘が頼って来る様なことがあれば、自分の代わりにアンタを、ヴァンパイアの花嫁にされたマリアを、その呪いから救ってやれって言われてる。まぁ、簡単に言えばこんな感じだ」
「……アタシがアンタを頼りに来た様に見えるかい?」
一気に場の温度を下げさせ、声を低くし、野性の狼の様な剣呑な瞳でカインに訊くマリア。
「見えるね」
そんな空気などお構いなしにカインは断言した。
「はっ! テメェの目は節穴だな? アタシはアルビダ義母さんの最後の願いだから此処に来ただけだ。コレはアタシの問題だ! だからアタシが片を着ける」
獰猛な笑みで自身の決意を突きつけるマリア。
「しかし、こっちも依頼料を貰っちまってるからな」
首を傾け、マリアの獰猛さを受け流す様に軽い調子で反論するカイン。
「じゃあその依頼はキャンセルだ」
引かないマリア。
「依頼をしたのはアルビダだぜ?」
「ちっ……」
アルビダの名を出されると弱いのか、マリアは舌打ちをし黙って酒を煽った。
マリアはアルビダの名を盾にされると黙るしかなかった。それは、マリアにとってアルビダがどれ程大事な人であったかという証だ。
「……依頼料はいくらだよ?」
しかしマリアは人から助けられるという選択肢を、素直に口にすることができない性格だ。
何とか、反発しようと頭をフル回転させる。
「そういや、依頼料がいくらだったのか聞いてなかったな。おい、キース。依頼料はいくらだったんだ?」
問われたキースはグラスを拭いていた手を止め、深く溜息を吐く。
「カイン様は報酬額がいくら高くとも、ご自分の気がのらなければ、お断りになるでしょう? 逆に気分さえのれば安酒一杯の金額でもお引き受けになられる。マリア様……残念ながらその質問はカイン様に意味をなしません」
「お前……そんなんでよくこの商売が成り立つな?」
キースの言葉を聞き、マリアも呆れながら半眼でカインを見つめる。
「そんなこと言われてもなぁ? 気分ってのは大事だぜ? 面白くないと生きてても意味がないからな」
愉快気に持論を掲げたカインは片手に持ったグラスも少し上に上げる。
「お前馬鹿だろう? 他人の為に気分で自分の命をかけるってのか?」
「まぁ気分次第ってのはハズレではないな。それに今回は楽しそうな闘いの後に、とびきりいい女を抱けるかもしれないだろ?」
「あっ? なに言って……んだ……おまっ!?」
酒を片手に不敵な笑みで言い放つカインの言葉を、マリアは意味を理解するのに数秒かかり、意味を理解した所で口を噛んでしまう。
そして酒で赤らんでいた頬を更に赤らめたのは、自分がからかわれての怒りの為か、照れの為なのかは彼女本人にもわからないでいる。
マリアは本来色ごとの話題には慣れている。それはそうだろう、アルビダに拾われてから周りはならず者ばかりだったのだ。
マリアは自分自身を形成した環境と、元の性格も相まって、粗野で強気な女に育った。
カインが言うことよりも、もっと下世話な言葉や話題は日常茶飯事。
更にアルビダ亡き後は海賊船の頭を務めていたのだから、他の船の海賊共に女として身体をネタにされたり、狙われたり伊達にされ続けていた訳では無い。
そう、今更こんな口説き文句などで平常心を保てなくなるはずなど無いはずなのだ。
だが、カインが言うと途端に初心な反応をしてしまっている。そんな自分に戸惑い、悔しい気持ちにさせられた。
それはそうだろう、カインがマリアに対して言う言葉のほとんどが、いや全部が、冗談めいているのだから……。
――なんなんだよチクショウ! 義眼のクソ野郎の言葉からアタシを守ってくれたり。アタシの境遇を知りながら、アタシを肯定してくれた時のカインの目や言葉は、今と違って真剣だった。だけどそれがどうした!? クソっ! 調子が狂っちまうぜ! 何でアタシがアイツのことで、こんな悩まなきゃなんねぇんだよ!
どんどんと無言で酒を煽りながら胸中で愚痴るうちにマリアは、今まで散々悪魔共に追われていた緊張感から解き放たれたせいか、酔いがいつもより早く回ってしまった。
そしてゆっくりとカウンターテーブルに顔を突っ伏せて、眠ってしまった。
やれやれと言いたげにカインは、マリアの膝裏と肩を抱き抱え、カウンターの奥へと歩いて行く。
――あの態度じゃとても覚えてなさそうだったな。まぁ、あの時の俺はまだガキだったから気付かないのも無理はないか……。
「カイン様、二階の一番奥の部屋から一つ手前の部屋のベッドメイキングは済ませてあります」
キースはカインにそう言うと、酒場の内側のカウンターから居住スペースに通じるドアを開け先導する様に前へ出る。
するとチェンバロを弾いていた指を止めたシャロンがカインに尋ねてきた。
「ご主人様。今夜はお楽しみ?」
「馬鹿言うな。寝てる女を襲う趣味はねぇよ」
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