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誰が為に捧ぐ剣か  作者: 神戸 遊夜
第一章 ヴァンパイアの花嫁
33/36

人間になった獣の選択

ページを開いて頂けて感謝します!!ご意見、ご感想などありましたらお願いします!!

m(__)m

 不死の森の廃城。

 二夜の月が輝く夜。

 廃城の王の間にて、元人間のヴァンパイアの漆黒の王、ヴラド=ツェペシュは、紫苑の銀狼の紅きガラスの剣をもってして、夢も野望も、いつの間にか狂ってしまった信念さえも、世界と共に己の身体ごとこの世から斬り去られ、身体を幾つにも分断された。

 ヴラドのヴァンパイアとしての回復力ですら、カインの放った世界を斬る斬撃は身体を再生さすことを許さず、王の間の床に血溜まりと幾つにも分断された身体が無残にも転がるだけになる。


 これでやっと、ヴァンパイアの花嫁にされたハイエルフのマリアの悲劇の物語は幕が下りる。


 ヴラドが死んだことにより、傀儡の魔眼の術が消え始め、虚ろな瞳のマリアが玉座の横で疲れと緊張、そして長年の苦しみからやっと解放され、強張っていた身体の力が一気に抜けると、安堵を表すかの様に崩れ、床に膝を着く。


 だが、世界はマリアをまだ解放する気はなかった……。


「フフフフフフフ、ねぇ? 貴方の悪夢はこれで終わったと思った? 嬉しかった? 安心した? 残念でしたぁ」


 ヴラドの傀儡の魔眼の術が解け切る前。

 意志という光が虚ろな蒼い瞳に戻り始めた時、そのマリアの眼前に映ったものは、紅く光り、禍々しく瞳孔が開いた逆さに映る女の瞳だった。

 始祖ヴァンパイアの女王、シャロンによって、王の間でもがき苦しみ、今にも命が尽きようとしていたカーミラが、いつの間にか身体を癒やすことに成功させ、この誰もが安堵し、油断する隙を狙い、マリアの背後に転移すると、マリアの顔を上から顔を逆さにして嘲笑の笑みで覗き込む。


「まだ貴方が悪夢から醒めるには早いの」


 マリアの視界に逆さになって映るケロイドまみれのカーミラの嘲笑した顔を、毒々しく不気味な三日月の悪意が口元を裂き、狂気の笑みに変わる。


 その狂気に包まれた不気味な笑みに、息を忘れる程の恐怖を覚えたマリアは、カーミラの紅く光る傀儡の魔眼を見てしまう。


「往生際が悪いぞカーミラよ! ヴラドは死に、お主の企みも、もう潰えたじゃろう!」


 紅いガラスの剣の刃を、いつもの様に肩に担いで、事の成り行きを冷静な瞳でカーミラを睨むカインとは違い、始祖ヴァンパイアの女王であるシャロンは、カーミラの言動に激昂した。


「あら? そんなことはないですわよ? 始祖ヴァンパイアの女王、シャロン様。私にはまだ打つ手とやるべきことが残っている。ただ、それだけのことですわ」


 お辞儀をする様な態勢でマリアの顔を覗き込んでいたカーミラが顔を上げ、カインの後ろに控えるシャロンを一瞥すると、眉を寄せ、カインの不敵な笑みと冷静な瞳を見つめながら、胸に刺さったままだった蛇腹剣の柄に手をかける。


「グッ! ま、まさか……ガッ! あの、ヴラドを殺せる人間が……グゥウウ……い、いるとは、大きな誤算でした……が」


 自身の胸に深々と刺された銀の蛇腹剣を、苦しげに呻きながら、ゆっくりと引き抜こうとするカーミラだったが、刺さっている蛇腹剣を胸から引き抜こうとすればするほど、刃と胸の傷口の周りに黒い魔法陣が浮かび、それが胸から刃が引き抜かれることを邪魔をした。

 だがカーミラは苦悶の声を上げながらも、シャロンの黒の滅びの魔術の呪術を紐解いていき、とうとう胸から蛇腹剣の呪術ごと剣を引き抜いた。


「ハァハァハァ……長年の企みが御破算ですよ? 相手に始祖ヴァンパイアの女王である貴方様がいらっしゃるのも私の計算を狂わせた要因ですわ」


 引き抜いた蛇腹剣を床にガランという硬質な音を立てさせて捨てるカーミラの身体は、シャロンの地獄の業火の黒き炎――サザンクロスによって、全身に大火傷を負っていたが、始祖ヴァンパイアの再生能力で今は随分回復しているものの、顔や身体中には赤黒く痛々しいケロイドの跡が残っている。


「始祖ヴァンパイアの女王シャロン様。貴方の大事なご主人様の愛しい人に傷をつけられたくなければ、迂闊なことはなさらないことを、おススメしますよ?」


 デスサイズを手に何か行動を起こそうとしていたシャロンの凍える紅い瞳を、カーミラの紅い瞳が見つめ返し、細められると鋭く釘を刺す。

 それにより、悔し気に行動を止めたシャロンを見る顔は、以前の人形の様に整っていた頃とは違い、今は無残にも焼け爛れ、白く透き通った銀髪はだいぶ再生された様だが、頭皮の所々にできたケロイドの跡からは髪は生えていない。


「お主……何を企んでおる?」


 行動を御され、マリアを再び人質に取られたシャロンは悔しさで唇を強く噛み、血が零れ落ちる。

そんなシャロンを愉悦に浸ったカーミラの紅い目が、笑みの形に細められると、弧を描いて愉快気に自分以外を嗤う。

 カーミラは蛇腹剣を引き抜いたことにより、黒の滅びの魔術の呪術が解け、身体中を黒ずませ、腐り、崩壊していた箇所が、ゆっくりと治り始めていた。

 だが、白いドレスまではそうはいかず、焼け焦げボロボロになったままだったが。


「企みですかぁ? ん~こういうこととかですかね?」


 ケロイドの跡が痛々しい顔で、人を見下した紅い瞳で嗤うカーミラは、「我が手に」と力ある言葉を紡ぐと、豪華なエングレーブ――彫刻が施された金のフリントロック式銃を手に召喚した。


「私の前に立ちなさい。マリア」


 傀儡の魔眼の術にかかってしまっているマリアは、再び虚ろな蒼い瞳に戻り、カーミラの指示に従い立ち上がり、カーミラの前に立つ。


「いい子ねマリア……さて、シャロン様にカイン=ガーランド……これから私の言うことに背けば、残念ですが、この銃の引き金を引かせてもらいますので悪しからず」


 焼け爛れ、ケロイドの跡が無残にも残る顔で、それでも実に愉しそうに、毒々しく妖艶な笑みを浮かべると、手にした銃の銃口をマリアのこめかみに当て、言葉を言い終えると撃鉄を起こす。


 ヴラドが死に、自分がヴァンパイアの花嫁の呪いからやっと解放されたことと、カインの無事に安堵し、気が抜けていた所で、カーミラの恐ろしくも禍々しさが宿る紅い瞳を見てしまったマリアは、カーミラの狂気に呑まれてしまい、今迄事態に付いていけずにいたが、銃口の冷たさがこめかみに当たり我に返った。


――クソっ! こんなマヌケなドジ踏みやがって馬鹿かアタシは! よりにもよって二度も同じ術にハメられるとは! だがよ? カーミラ……お前は知らないだろうがカインに人質は無意味だ。


 冬の海でカインと出逢った時のことを思い出し、カインに人質や心理戦などが、全く意味がないことを人質の身で、身を以て知っているマリアは、動かない表情筋の代わりに心の中でカーミラの言動を嘲笑う。


「そこの人間の男……このハイエルフの娘を殺されたくはないでしょう? ならば大人しく武器を捨てなさい。私に害をなそうとしたり、言うことを聞かなかった時点で、この娘の脳天に血の花が咲くと思いなさい? シャロン様も……いいですね?」


 自身が命を賭してまで守る意思をヴラドに見せたカインならば、何よりもマリアのことを優先するだろうと考えたカーミラは、マリアの命を握ったことで自身が優位に立ったと確信し愉悦に浸る。

 そのカインの使い魔に成り下がったシャロンは、如何に自分よりも格上の始祖ヴァンパイアであろうと、主人であるカインの命や意思に背く訳がないだろうと考える。

 更に王の間に現れてからのシャロンはマリアを守ることに必死だったのだ。

 それを見ていたカーミラは、これで自分の勝利は揺るぎないものになったと確信し、内心おかしくてたまらず、笑い声を上げるのを堪えるのに苦労する。


「武器を捨てればマリアを解放してくれるのか?」


 この事態にも不敵な笑みを崩さず、余裕の態度でカーミラに問いかけるカインは、とても大事な人を人質に取られている姿には見えなかった。


「そうね……私にはこの娘、ヴァンパイの花嫁のマリアなんて何の価値もないのだから、言うことを聞けば無事解放してさしあげるわよ」


 カインの余裕の態度に若干の苛立ちを覚えたカーミラだったが、カインの問いかけに冷静に答える。

 勿論、はなっからカインとの約束を守る気など、カーミラにはない。


「その保証は? 俺達は武器を手放す、その後にアンタの言葉が嘘だったりしたらたまったもんじゃないんだが?」


 カインは紅きガラスの剣――マリアの剣を担ぎながら、大仰に肩を竦めて軽い調子で抗議の意を示した。

 口を挟まないシャロンも、慎重にことの成り行きを見守り、事と次第によってはいつでもマリアを庇い、身代わりに命を差し出す覚悟で策を巡らせる。


「ないわね。でも従わなければこの娘が死ぬのは確実よ? それとも賭けに出て私を殺してこの娘を救う? 確かにヴラドを殺せる貴方の強さなら私を殺すのは簡単でしょうけど……貴方が私を斬る間に引き金を引くぐらいできるわよ……試してみる?」


 嘘を吐かず、事実だけを突き付けるカーミラ。

 いつものカインなら挑発に軽口くらい返してもいい所だが、珍しくカーミラの言葉に不敵な笑みを消し、真面目な顔をして、カインは口を閉ざす。


「少なくとも私の目的が終わるまでの間は、言うことを聞いていればその分この娘の命は伸びる。それは確実ではなくて?」


 沈黙を選んだカインに対し、更に理屈を畳み掛けるカーミラとの間に張り詰めた空気が流れる。

 一拍置き、結論が出たのかカインは大げさに溜息を一つ吐くと、真面目な顔を消し、再び軽い調子の雰囲気に戻し、不敵な笑みを浮かべながら紅きガラスの剣をカーミラの方へと投げた。


「これでいいか? シャロン。悪いがお前も武器を捨ててくれ」


 カインが芝居じみた大仰な立ち振る舞いと軽い口調でシャロンに自分の意思を告げると、言葉を聞いたシャロンは迷いなくデスサイズをカーミラの方へと投げる。


 人質を取った相手の指示に従っても、人質の命が助かる保証は低く、ないと言ってもいいだろう。

 更に言えばこの場合自分の命も危ない。


 マリアはその事実と、昔人質に取られた時のカインの考えと行動からすれば、武器を捨てることを選択したカインに焦り驚愕してしまう。


――お、おいおいおい、コレは何のジョークだよカイン? このクソ女に従ったってアタシが助かる可能性なんてないんだぞ!? そのうえ武器を捨てちまったら、お前の命だって危険なんだぞ! 何考えてやがるんだこの大馬鹿野郎!


 自身が思っていた行動とは違う行動をとったカインに、マリアは驚き動揺し、喋れないことで更に苛立ち、心の中でカインに疑問と罵声を浴びせた。

楽しんで頂けていたら幸いです♪感想、ブクマ、評価など励みになるので、どうかお願いします!!

(`・ω・´)ゞ

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