不死の森の廃城
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m(__)m
夜の森は暗く、木々の葉に覆われた空は、月の光をほとんど遮ってしまっていた。
辺りにいる獣の遠吠えが、この不死の森に響き、足元には剣で殺されたと見られるグールやゾンビ化した人間、又は獣などの死体が、カインが疾走する道に死体となり横たわっていた。
そんな地面をブーツで踏みしめ、カインはワインレッドのレザーコートをはためかせ、マリアが攫われたことで焦燥感に駆られる心を抑えながら、ガラスの剣を片手に疾風の如く駆け抜けていく。
時々目の前に立ちはだかりカインの行く手を邪魔するアンデットモンスターなどは、苛立ちを込めた剣で一閃させて倒す。
廃城を目指し、暫く驚異的な速さで不死の森を走り続けるカインだったが、先に向かったアベル達の背がまだ見えてこず、苛立ちが積もっていく。
普段の軽い調子を崩させ、不敵な笑みをも消させて、これ程までにカインの心を乱せる存在など、この世界中でマリアの他にいないだろう。
――バアルの野郎に時間を取られ過ぎたか?
カインは先程倒した地獄の大公爵バアルのことを思い出しながら、マリアが攫われた自身の失態に更に苛立つ。
――あのじゃじゃ馬娘が簡単にヴラドの思い通りになるとは思えないが……だが相手はかつて公国の英雄と呼ばれた神の子だぞ? 神の子は普通の人間とは掛離れた力を神から授かった人間だ……ただでさえ戦うには危険な相手がヴァンパイアなんかになってるんだぞ? クソッ! 落ち着け、マリアの側にはシャロンがついてる。アイツが簡単に花嫁の儀をさせるハズがない。だがもし……もし? クソッ!……クソッ、クソッ、クソッ!
今迄決して表にこんな不安を見せなかったカインが、バアルを倒し一人になったとたん、抑え込んできた不安に襲われ、嫌な想像ばかりがノイズの様に思考に走り出す。
そんな、らしくない自身の不安を振り切るかの様に、更に走るスピードを上げて不死の森を疾走し続けるカイン。
その時、カインの耳が剣撃の音と何かが破壊される重い音を拾った。
カインは段々近づいてくる戦いの音がする方へと紫苑色の目を凝らす。
「陣形を乱すな! 自分の役目をきちんとこなせ!」
「ハアッ! クソッ! 腐ってるくせに硬い鱗だな」
「こんなのまで居るのかよ。流石、不死の森ってことか? なら、どっかに可愛いゾンビの女がいてもいいだろうに」
「無駄口叩かないの! アンタ真っ先に食われそうなんだから」
どうやらカインの走る少し先に大きくひらけた場所がある様で、二夜の月の光の下、そこでミズガルズ王国聖騎士団特務隊の三人とアベルが、巨大なゾンビに変わり果てたドラゴンと交戦している様だった。
聖騎士三人がドラゴンゾンビを取り囲み、更にアベルが一人前に出てドラゴンゾンビの正面に立つ。
アベルは普段の温和な優しい碧眼を消し、鋭く細めた目と気迫の籠った表情で聖剣エクスカリバーを手に、果敢に幾重もの剣閃を閃かせて立ち回る。
「何だ!? このドラゴン。お前達は必要以上に手を出すな! このドラゴンゾンビは明らかに普通じゃない」
通常のドラゴンゾンビよりも遥かに巨体で、アベルの剣に賢く立ち回り、アベルの聖剣と剣の腕をもってしても簡単には斬り裂けない鱗の強度、そして何よりもアベルを不審がらせているのは、自分達をこのドラゴンゾンビが本気で殺そうとする気配を感じさせないことだ。
このドラゴンゾンビは先程からずっと死闘を繰り広げている様に見せかけているだけで、アベル達聖騎士に攻撃を合わせているふしがある。
そして何よりアベルが恐ろしく感じるのは、このドラゴンゾンビの黄金の瞳の奥からは隠そうとしているが、アベルには感じ取れる圧倒的な力の重圧だ。
このドラゴンゾンビは明らかにおかしい。
そう判断したアベルだから、仲間達に迂闊に手を出さない様、先程注意を呼び掛けたのだ。
いつまでも埒が明かない戦いをする訳にはいかないとアベルはこの状況を打破する為、ドラゴンゾンビに明らかに誘われている隙に、あえて乗る決断を下す。
剣聖アベルと謳われる聖騎士が、雄叫びを上げながら聖剣エクスカリバーに渾身の力を込め、今迄で一番鋭く相手の誘いを力ずくで打破する為の一閃を放つ。
その凄まじい一撃をも、このドラゴンゾンビは口の牙であっさりと聖剣の刃を噛み、受け止めてしまう。
「くっ! まだだ、まだだぁあああああ!」
アベルは諦めず、そこから聖剣の刃を無理矢理ドラゴンゾンビの口の奥へと押し込み、斬り裂こうとする。
するとこのドラゴンゾンビが初めて焦りの色を目に浮かべ、口を大きく広げて強力なドラゴンブレスを放つ。
口を開けた瞬間、恐ろしい程の危険を察知したアベルは、本能的に刃を引いてしまい、横に跳躍することで、ぎりぎりドラゴンブレスを躱した。
が、瞬時に恐怖を無理矢理抑え込んだアベルは、すかさず上に跳躍し、ドラゴンゾンビの横から首目掛けて聖剣エクスカリバーを振り下ろす。
だが、アベルの剣の腕と聖剣エクスカリバーの鋭い刃をもってしても、ドラゴンゾンビの強靭な鱗を斬り、身までは聖剣で斬り裂けたが、首を落とすまでには至らなかった。
その様子を走りながら見ていたカインがアベル達にやっと追いつくと、ドラゴンゾンビに向かい天高くカインは跳躍する。
「カイン!? 追いついたのか」
アベルが油断なく剣を構え、ドラゴンゾンビを見つめながらも心強い仲間の登場に歓喜の声を上げた。
「ご苦労、ミズガルズ王国の聖騎士の諸君。ドラゴン退治は聖騎士の仕事。俺みたいな一般市民は邪魔にならない様、先に行かせてもらうぜ?」
不敵な笑みでふざけながらそう言い、片手の二本の指だけを立たてて敬礼し、ドラゴンゾンビの真上を通り越そうとするカイン。
しかし、それに気付いたドラゴンゾンビが空を見上げ、勢い良く長い首を天に伸ばすと、鋭い歯が並ぶ大きな口を開けてバクリとカインを丸呑みにした。
「あの馬鹿が!」
キャサリンの罵声が不死の森に響く中、騎士隊のメンバーは驚愕の表情を顔に浮かべるが、アベルだけは冷静にドラゴンゾンビに向かって走り出し、地面を蹴って跳躍すると、ドラゴンゾンビの顔目掛けて上から鋭く斜め下へと聖剣を鋭く振り下ろした。
その一撃はドラゴンゾンビの片方の目を斬り裂き、斬られた眼球から血が噴き出す。
片方だけ斬られた傷跡が走る瞼を閉じたドラゴンゾンビは、片目を斬られた痛みに鼓膜が破れる程の音量で吠えると、腐ってボロボロな巽を羽ばたかせる。
それによってドラゴンゾンビの足元に居るアベル達は、強風に襲われ飛ばされない様、地面に屈む。
真上に向かって羽ばたいていくドラゴンゾンビは、ある程度の高度に達すると、傷を負わせたアベル達には目もくれず、廃城に向かって羽ばたいていった。
「待てドラゴン! カインを吐き出してからいけ!」
ドラゴンゾンビが飛んで行った方に向かってアベルは必死な声を上げるが、その声は届くことなく、ただただ虚しく不死の森に響くだけだった。
不死の森の奥にある廃城の王の間の玉座に、禍々しい漆黒の鎧に身を包み、紅い瞳に黒く腰まで伸び後ろ髪に、前髪を全て後ろに寝かせた、端正な顔立ちの男が座っていた。
歳の頃は三十代半ばといったところだろう。
玉座に座したドラクレシュティ公国の君主、ヴラド=ツェペシュは自身の膝の間に立てた漆黒の抜き身の剣の切っ先を大理石の床に突き立て、剣の柄に両手を置いて瞼を閉じながら時が来るのを待っていた。
王の間の玉座の背にある石壁の上部には、丸く大きくくり抜かれた穴が空いており、そこには透明なガラスが嵌っている。
その丸い窓からは二夜の月が、王の間の真ん中に敷かれた重厚な赤い絨毯を照らす。
その絨毯は玉座から数段ある階段を下り、出入り口の両開きの扉まで続いている。
壁や床の至る所にある彫刻が施された金の燭台、その中でも一際目立つのは天井に吊るされた大きなシャンデリア。
各燭台には蝋燭が置かれ、芯には怪しく火が灯り揺れていた。
そんな王の間に黒い魔法陣が現れると、ヴラドは気配を察知し片方の瞼を開きそちらを見る。
魔法陣が黒く輝きだすと、その輝きから白いドレスに、白に近い真っ直ぐな銀髪を腰まで伸ばし、ヴラドと同じ紅い瞳をした人形の様に整った顔の美女――カーミラがマリアを後ろから抱き抱えて現れた。
そして黒い光と共に魔法陣が消えると、カーミラの足元の大理石の床には、シャロンが横たわっていた。
「長かった……ようやく我の花嫁との対面だな」
玉座に座した王、ヴラドは閉じていたもう片方の瞼も開けると、低く威厳に満ちた声を王の間に響かせる。
「余計な者まで連れて来たのか? カーミラよ」
不機嫌に口を開くヴラドに、カーミラは妖艶に微笑む。
「ふふ、だってあのカインと剣聖アベルの裏をかいて、この子を連れてこなければならなかったのよ? 小蠅くらい仕方ないと思いなさい?」
カーミラは呪文を唱え、抱えていたマリアを宙に浮かすと、両手を広げさせ、十字の体制をとらせる。
次に眠るマリアの背に赤い魔法陣が描かれ、魔法陣から伸びてきた赤い光の縄がマリアの両手首と、揃えさせた足の足首を拘束した。
「ふん。その幼子はお前が処理しろ。いいな?」
楽しそうに魔術を行使し続けるカーミラに対し、威圧感たっぷりに鋭く紅い瞳をギロリと向けるヴラド。
「勿論、私のオモチャにさせてもらうわ。……それより、ロキの姿が見えないわね?」
マリアの拘束を終えたカーミラが、話題に上がったシャロンに嗜虐的な笑みを一度向け、王の間を見渡す。
「ふん。奴は何やら用事があるらしくてな。どこぞへ消えよった」
「あらそうなの? まぁ、あの魔神ロキの行動なんて考えても仕方がないわね」
「そんな些末なこと等どうでもよい。さぁ、我が花嫁を我が元へ連れてこい」
威厳に満ちたヴラドが、剣の柄に重ねて置いていた片手を、まるで宙に浮き魔法陣に拘束されているマリアを掴むかの様に伸ばした。
「フフフフフ、そんなに焦らないの? がっつく男は女に嫌われるわよ? ヴラド」
不機嫌そうにカーミラの言葉を鼻で一度笑い、剣の柄に置いてある自身の片手の上に、伸ばした手を再び重ねて置くと、カーミラは眠るマリアの背の空間に描いた魔法陣で拘束し、宙に浮かせたマリアを指で操る様に移動させ、玉座へと向かわせる。
魔法陣に拘束され宙に浮いたマリアが玉座に座すヴラドの前まで来ると、ヴラドは玉座から立ち上がり、剣の柄から片手を放して眠るマリアの頬に触れる。
長年待ち望んだヴァンパイアの花嫁を、とうとう手に入れたことに身体を震わせて歓喜するヴラド。
「カーミラ。早くヴァンパイアの花嫁の儀式の準備をせよ」
ヴラドの鼓動は早く大きく打たれ、興奮により紅く光る瞳をカーミラへと向けて、カーミラにヴァンパイアの花嫁の儀の準備を促す。
その瞳は始祖ヴァンパイアのカーミラでさえ勝てない王の覇気が籠っていた。
「わかってるわよ。それじゃあ後でね? お嬢ちゃん」
気圧された自身の心を取り繕うかの様に、カーミラは足元に居るシャロンへと一度悪戯な笑みを向けると、花嫁の儀式を急かすヴラドの元へと歩みを進めた。
だが次の瞬間、カーミラは歩む足を止める、何故ならばカーミラの首に冷たい何かが巻き付いていたからだ。
カーミラはその冷たく硬い感触に、訝し気に眉を寄せる。
「ヴァンパイア。の始祖の、一人、カーミラ。邪魔です」
たどたどしく、だが明確な敵意と冷たさをはらんだ言葉が後ろから聞こえ、カーミラはそちらへ振り向こうとする。
が、何者かがカーミラの首に巻き付けた銀色の分割された刃をもつ蛇腹剣で、カーミラは首を動かした時点で首を巻き斬られ、切断された。
カーミラの首がゴトリと大理石の床に落ちると、首は床で回転し自身の首を落とした者の顔を見て驚きに紅い目を見開く。
「あ、貴方は確かに眠らせたはず……それに、まだ眠りの術の効果も切れるはずがないわ。何故?」
カーミラが驚きの声をかけたのは、この王の間に居るヴラドでもなくマリアでもない、レースとフリルを施された漆黒のドレスに身を包んだシャロンだった。
そのシャロンの手には、血が滴り銀色の分割された刃が、蝋燭の火により鈍く光る蛇腹剣が握られている。
「ほう……」
玉座に座すヴラドが珍しい武器に、関心の呟きを零した後は、無言でシャロンの得物の観察を始める。
今カーミラの首を断ったシャロンが手にする蛇腹剣とは非常に珍しい武器だ。
使い手もそうは居ないだろう、普段は普通の剣の形をしており、勿論普通の剣としても使えるのだが、特殊なのは刃の上と下が剣の切っ先の形で区切られ、刃の中の中心に軟度があるロープ状の物が通っており、刃を分割させると、鞭の様にも扱えるのがこの蛇腹剣だ。
熟練の使い手が使えば、とても面倒で恐ろしい剣でもある。
玉座からの王の視線を無視し、シャロンはカーミラが発した問いに答えた。
「何故。とは、この剣。でしょうか? それ、とも。私が、起きて。いることに、でしょう、か? この、剣のこと、なら、先程。気付かれ、ぬ様。こっそり、と召喚。しました」
紫の細長い布で目隠しをされているシャロンの表情は窺えないが、首を傾げ蛇腹剣を召喚したことを話す彼女の言葉で、自力で始祖ヴァンパイの眠りの魔術を解くことが、どれ程難しいことなのか、この娘は理解していないとカーミラは結論付ける。
「ふふ、いいわよ貴方。私のオモチャにする素体としては申し分ないわ」
平常心を取り戻したカーミラは、不気味に頭だけの姿で妖艶な笑みを浮かべると、自身の身体だけを動かして、床に転がる自分の頭を手で拾い上げさせた。
「それと、残念だったわね。お嬢ちゃん? 私は始祖ヴァンパイアの一人カーミラ。首をただ落とした程度じゃ死なないの。ふふふふふふ」
毒々しい血の様な紅い口紅を引いた唇を動かし、首の無い身体で頭だけを持って喋るカーミラは、首の切断面に頭を持って行くと、細胞と肉が結合しだし傷が癒えていった。
シャロンの先程の攻撃が無駄だったと証明し終えると、カーミラはシャロンを愉快気に嘲笑う。
「おい、カーミラ。そんな小娘に我は関わっている程暇ではないのだぞ?」
ヴラドは眠るマリアの頬に手を当てたまま、始祖ヴァンパイアのカーミラですら気圧される程の覇気を全身から放ち、紅い目を鋭くさせる。
「お初、に、お目にかか、ります。ヴラド=ツェペシュ公。私は、カイン=ガーランド様。の使い魔。をさせて、頂いて、おります。シャロン。と申す者、です」
ヴラドの放つ覇気にまったく呑まれることなく、相も変わらず、たどたどしい言葉使いでレースとフリルが施された漆黒のドレスのスカートの両端を軽く持ち上げ、片足を斜め後ろの内側へ引き、もう片足の膝を軽く落としてシャロンは自己紹介をする。
「ほう? お前が、あのカイン=ガーランド、帝国が創りし殺戮兵器の使い魔か? だがそれがどうした? お前ごときが我の邪魔をすることを誰が許可した? お前ごときに構っておる程、我は暇ではない」
マリアの頬から手を離して玉座に再び座したヴラドは、威厳溢れる雰囲気で、漆黒の剣を床に刺す様な形で柄の先端に両手を重ねて置くと、覇気を放ち続けながらヴラドはシャロンの非礼を問う。
「申し、訳ありま、せん。ヴラド=ツェペシュ、公。私は、マリア様。の護衛、マリア様。に害を、成す不届き、者。に跪くこと、で礼を尽くす。気は、ありません。更に、言わせ、て頂けるの、なら。私の、主はカイン様、と、マリア様、でござい、ますので、」
「ええい! もうよい! 長たらしいうえ、聞き苦しい口調をしおって。もうよい、カーミラ。この者は貴様の玩具にするのであろう? ならばさっさとこの茶番に幕を下ろさぬか!」
玉座に座した王が長年求めた自身の花嫁を前にし、苛立ちの言葉を放つと、呼ばれたカーミラが妖艶な笑みでヴラドとシャロンの間に立つ。
「わが手に地獄の鎌を! デスサイズ!」
白に近い銀髪を揺らし、カーミラは真紅の目を光らせながら自身の手に大きく黒い鎌を召喚すると、手に現れた大鎌――デスサイズを片手でクルクルと回す。
「転移」
カーミラは力ある言葉のみで簡易な転移魔術をおこない、蛇腹剣を構えたシャロンの後ろに転移し、首をデスサイズの刃で刈ろうと手前に引くが、それをシャロンが素早く手前に前転することで躱される。
その反応にまたもや驚愕するカーミラにシャロンは向きなおり、蛇腹剣を分離させ鞭の様にカーミラへと振るった。
蛇の様にしなる刃の鞭がカーミラの正面から襲ってくるが、それを転移で躱し、またもやシャロンの背後から襲い掛かる。
「今度こそ死になさい! お嬢ちゃん」
妖艶な笑みを勝利の笑みに変え、カーミラはデスサイズの鎌をシャロンの首にかけて手前に引いたのだった。
楽しんで頂けていたら幸いです♪感想、ブクマ、評価など励みになるので、どうかお願いします!!
ま~け~る~な~♪
_(:3」∠)_




