雪の中に眠る狂気の記憶
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空と海が闇に染まる夜、月明かりと松明の火だけが頼りの小舟の上で、ずっと無感情だった時とは違い、銀髪の少年の紫苑色の瞳は瞳孔が大きく開き、得体の知れない狂気がその目に宿り、片方だけつり上がった唇からは、獣の様に犬歯が剥き出ていた。
何かがキレた少年は、肘打ちを打ち込んだ海兵を確実に殺す為、その海兵が腰に帯びていた剣――サーベルを引き抜く。
小舟の上で鳩尾に肘打ちを打ち込まれた海兵は内臓が損傷し、口から血を吐きながら苦悶に俯き蹲っている所を上から振り下ろされた少年のサーベルによる斬撃で首を切断される。
首を刎ねられ、首の断面から血が噴き出る蹲ったままの身体を小舟に残し、首だけが海へ落ちると夜の暗い海へと消えた。
『ふ、ふざけんじゃねぇぞクソガキ!』
得体が知れないとはいえ、たかが子供に馬鹿にされ、そのうえ仲間が殺されたのを見て、頭に血が上った男――マリアを殴っていた海兵は、腰に帯びていたサーベルを抜き放ち、少年に向かい不安定な小舟の足場で踏み込み、サーベルを振り下ろす。
だが、あっさりと少年には大振りなサーベルを横向きにし、海兵から振り下ろされた刃を受け止める。
『ねぇ? 海兵のお兄さん? こんな不安定な足場じゃ斬り込んでも対して威力が乗らないよ?』
少年はそう言うと同時に、自身の持つサーベルの剣先を斜め下に下げ、交わっていた相手の刃が少年が下げた方へと流される。
甲高い金属音を立てながら相手のサーベルは少年の外へと逃げた。
更に少年は流れるように斜め下から上に振り上げたサーベルを、波により揺れる小舟が強く下から押し上げられた瞬間を狙い、強く踏み、無防備な相手の海兵に袈裟斬りの要領で首元から斬る。
斬られた首元から噴出する返り血を浴び、少年は海兵の胴を小舟の外側へ足裏で蹴り出し、小舟から海に落とすと、また一人、夜の暗い海の底へと消える。
『ホントはね? あの人にはまだ戦っちゃ駄目だって言われてるんだけどね。何故だか無理みたいなんだよ。自分のことなのに他人事みたいでゴメンね? それに男は無闇に女の人を泣かしちゃいけないんだよね?』
二人の海兵を斬り殺した少年は、月夜を背に、暗い世界に灯る松明の灯りに照らされる狂気の笑顔を浮かべ、マリアを後ろ手に拘束している最後の海兵に問いかけた。
『ひっ! な、何なんだお前!? 何なんだよお前は!! い、いいか? 今から少しでも動いてみろ、このエルフの女を殺すぞ!』
最後に残った海兵は、不気味に笑う少年の雰囲気に気圧されながらも、暴行されて動けないマリアを一瞬離し、腰からサーベルを引き抜くと、今度は後ろからマリアをまるで盾にする様にサーベルを首筋に当てる。
少年の豹変に呆然としてしまっていたマリアは、はっとし、自身が少年の枷になってしまっていることを悔しく思い、強く唇を噛む。
『アタシのことは気にすんな! やっちまえ!』
『なっ! おいガキ! 今すぐ剣を海に投げ捨てろ!』
声が枯れる程の大声に悔しさを込め、マリアは自分を見捨てろと言い放った。
その言葉に海兵は焦り、少年に向かい怒鳴って命令する。が、少年はサーベルを手離さなかった。
その行動にマリアはそれでいいとニヤリと笑う。
『捨てないと殺すぞ!』
もう一度怯える海兵は少年に命令した。
『あのさ海兵のお兄さん。動いたらエルフのお姉さんを殺すって言ったよね? でも動かずに剣ってどうやって捨てたらいいの? 指……動いちゃうんだけど?』
不気味な顔と淡々と人を殺す少年の理屈に、海兵は自分の恐怖を振り払う様に大声で再度命令する。
『屁理屈を言うな! さっさと剣を捨てろ!』
『剣を捨てたら、エルフのお姉さんは傷付けずに解放してくれる?』
首を傾け、不思議そうに少年は海兵に尋ねる。
その状況に、マリアはおかしくて笑い声を上げた。
『何がおかしい!? 殺すぞクソエルフ!』
すると、海兵はゾクリと身体中に蟲が這いまわる様な寒気に襲われた。
『殺す? エルフのお姉さんを? ねぇ? どういうこと?』
『ヒッ!』
声がうわずる程の殺気を向けられている海兵は、雪の降る夜の海の寒さではない寒気で身体中がガタガタと震えだした。
それに連動する様にマリアの首に当てているサーベルの刃も震える。
『ねぇ? 震えるのは勝手だけど……エルフのお姉さんに毛程の傷でも付けてみろ? 僕はお前を殺すぞ』
ずっと怒りを抑えていたが、少年が最後に口にした言葉は、明確な怒りと殺意が溢れ出ていた。
『だ、黙れ! 動くんじゃねぇ! 早く剣を捨てろ! 言うことをきかないと今度こそ、このエルフの女を殺すぞ!』
殺意と狂気に染まった少年の眼に、最後に残った海兵は、うわずった声で要求を告げ出すが、少年は要求を呑む態度はとらず、血塗れのサーベルを片手に、両腕を軽く広げて肩を竦める。
『嫌だね』
『――は?』
少年が断言した言葉に、海兵の男は意味がわからず混乱する。
『だって、お兄さんの要求通り剣を捨てたとするよね? でもお兄さんは剣を持っている。それに優位に立ったお兄さんはエルフのお姉さんを解放してくれるの? それ以前に剣を捨てたらエルフのお姉さんを助けてくれるとは言ってないじゃない? まったく意味の無い要求だね? 助けてくれると約束したとしても、この状況でどうお兄さんを信じろと? 誰が考えても僕が剣を捨てたらエルフのお姉さんに待っているのは死だよね? 死だけですめばむしろ良い方じゃない?』
言われた海兵は少年の言葉に納得させられてしまう。
『それに、さっきから動くなだの、言うことを聞かないとエルフのお姉さんを殺すって言ってるけどさぁ? 僕は言うことを聞いてないし動いてるんだけど? なんでエルフのお姉さんをさっさと殺さないの?』
ゆっくりと海の上の足場になった小舟を、少年はマリアを人質に取った海兵の方へと歩き出した。
血塗れのサーベルを手にし。
『ホントはできないんだよね?』
マリアを人質に取った海兵は、その姿と言葉に、ただ震えることしかできないでいた。
『ほらやっぱり僕が動いてもエルフのお姉さんを殺さない。人間ってね、動くにはきっかけがいるんだよ? それをズラされたお兄さんは動けない。それと勘違いしてない? お兄さんが生きてるのはエルフのお姉さんのおかげなんだよ? 殺したら人質が居なくなってお兄さんに待っているのは死だ』
目の前まで迫ってきた少年の言葉に、自分の身体が支配されているのかと疑う程、自分の言うことを聞かない身体に、海兵は必死に動けと命令するが少年の言う通り動かない。
それに、マリアを殺したら、少年にはもう枷がなくなるということが、海兵には嫌でも理解させられてしまう。
この雪が舞い散る夜の海の上は、少年が支配していた。
『な、なぁ? 坊主。俺が悪かったよ、俺はこのエルフの女を傷付けない。神に誓う。だからもうここらで止めにしねぇか?』
今更しだした命乞いの言葉が冷たい空気を振動させる。
その振動の中を一本のサーベルの刃が切り裂きながら、海兵の男の首元に吸い込まれる様に深々と突き刺さった。
『ガッ!』
自然に、当たり前の様に、少年は海兵とマリアに近づくと海兵の男の首をサーベルで突き刺したのだ。
海兵の男は状況が理解できずに目をキョロキョロとさせながら苦悶の声を上げる。
少年は海兵の首に鍔まで深々と刺したサーベルの柄を、手首を外側に捻ることで、喉の中を抉りながら刃を横に向ける。
咳き込み、口から血を吐いて、痛みに呻く海兵のことなど気にとめず、少年は喉の中から外側へとサーベルで斬り裂く。
すると頸動脈を斬られた海兵の首からは、血が勢いよく噴出し、辺りに血の雨を降らせた。
その赤黒い血は、凍える様な暗い夜空から降る真っ白い雪と混ざり、満月の夜の海の景色を、紅く、紅く、染めていく。
『神ね……彼らに誓われても僕にとって何の価値もないんだけど? だって彼等……僕が助けをいくら願っても、聞いてくれなかったしね?』
この日、少年は初めて自分の知らない、他者への好意の想いで狂気に染まった。
人間にとって、もっとも簡単に業を背負わすもので。
――なんでアタシは今迄、アイツのことを……カインのことを……この日の夜のことを忘れてたんだ?
番号で呼ばれる少年との記憶を、マリアは今よりだいぶ幼い顔をしたカインを、呆然と夢の中で見つめながら目から涙が零れた。
気がつくとマリアは右手に持ったまま眠っていた銃の引き金を、殺気に反応して引いていた。
火薬のニオイと爆発音で寝惚けた瞼を大きく開き、眠りから覚めたマリアの視界には額を撃ち抜かれた髭面の男が驚愕に目を見開き地面に崩れ落ちる所だった。
「起こして、しまいました? か。マリア様。申し、訳ありません。ちょうど、朝食を、用意しようと、して、いたのです。が、朝食に釣られ。虫がよって来ていた。ので、掃除しよう、としていた、所でしたが……マリア様。により、一匹駆除。され、ました」
銃口を前に向け、木に背を預けて眠っていたマリアの横に立つ、目を紫の長い布で隠し漆黒のドレスを着たシャロンが冷静にマリアに尋ね、辛辣な言葉で自分達が置かれている状況を表現してくる。
刃こぼれだらけの剣を手に、統一勘のない鎧を所々に身に着け、みすぼらしい姿の野盗達は、少数のいいカモを見つけたと喜び、カイン達を包囲した。
勿論その気配に気付いていたカイン達は、気付いていることを気付かれない様、自然に朝食の準備をしていた。
それをリーダーは気付かれていないと思い込み、嬉々とし、殺気と共に手下達に攻撃命令を出した瞬間、その野盗のリーダーは殺気に反応したマリアに額を撃ち抜かれ絶命する。
そして、その銃声を合図にカインやアベル、聖騎士達は剣を鞘から次々に抜き放つと戦闘を開始したのだった。
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(`・ω・´)ゞ




