115 宿泊先、1年ぶりの風景
私用で原稿を書くの先延ばしにしていたら、1カ月すぎてる……
我々『 弘前高校野球部・御一行様 』は、電車とバスを乗り継いで、宿泊所の温泉旅館『 不朽苑 』へと向かっていた。駅からは地元の観光バスへと乗り換えて、あとは宿泊所まで直行するのみ。スマホで道路状況を確認してみたところ、特に致命的な渋滞なども発生していないようだ。予定通り、昼過ぎには到着できるだろうと思われる。
「同じ宿の学校って、どんな感じの学校かなー。まあ、学校の雰囲気というか、野球部員の雰囲気が気になるんだけどさ」
「去年の学校は良かったわよね。穏やかな連中で。確か、岩滝……だったかな? 今回は出場できなかったみたい、だけど」
隣の席の山崎と、チョコ菓子をシェアしつつ。ヒマつぶしに宿泊先の話題を振ってみる。学校名はすでに分かっているものの、実際にどんな雰囲気の学校だとか、特に今年の野球部の雰囲気だとか、そういったものは出入りしている関係者でもないと分からない。付き合いやすい連中だといいな、と思う。
「2年ぶり18回目の出場校、だったかな。強豪だよな、数字的にも」
「夏の選手権大会は実力頼みの全国大会なんだから、どこも強豪じゃないの? それに、こっちは2年連続の出場校、だからね!! だいじょうぶ、マウントは取れるわ」
別にマウントを取ろうとか思ってないんだよ。友達感覚で会話ができる連中かどうか、それが気になってるだけなんだから。山崎が問題を起こさないかどうか、監視する必要があるかも知れない。そう思う俺だった。
「えーと、学校名は……正しい読みって何だっけ?? 」
「ベンケイだったかな? 」
「『 余慶学院 』ですね。名前からすると創立者が仏教関係の方かも知れませんが、関西方面の学校ですし、昔の僧の名前などを引用したりするのは、それほど不思議で無いのかも」
斜め後ろの席から、一休こと安藤の声で解説が入った。やはり見習い小僧とは言え本職、坊主関係の知識では詳しいようだ。
「関西方面の学校っていう事は、先に到着してるのかな」
「学校の敷地から貸し切りバスで直行、っていう感じかもね。交通費が安いっていうの、うらやましいわねー」
ウチの学校は、遠すぎもしないが近すぎもしない距離だからな。交通費はそれなりにかかる。今年はフルメンバーに加え、マネージャーも4人いる。もっとも、時間をかけて予算を確保しているため、予算的には問題ない、という事だが。
「そういえば、今の今まで気にしてなかったんだけど。あたし達、2年連続出場の、全国でも指折りの面白ネタ搭載の野球部よね? 」
「名物監督も居るし、自分で言うのも何だが全国屈指の強打者や投手が混ざってるしな。それに今年も、登録選手に女子が混ざっているのは、ウチの学校だけだったはず。まあ、話題性はあるよな」
当事者ながら、去年の大会では少しばかり面白ネタを提供した自覚もあるし。とはいえ、さすがに今年も大会記録を大量に更新するだの、ホームラン競争をやらかすだの、そういう話題性が突出しすぎたネタを期待されても困る。今年は普通の大会進行になると思うし。それが普通なんだ。
「もしかして、スポーツ記者がズラリと待ち構えてたり、するかな? 」
「プロじゃあるまいし。そこまでヒマでもないだろ。まあ、一人くらいは居る、かな? 」
大会が始まる前にインタビューは受けるだろうが、到着を待っているかどうか、と言われると微妙な気がする。
「うーん…… 何かこう、カッコいいコメントを…… 」
などと言う山崎。何か良からぬ事を考えている気がする。山崎に限らず、調子に乗ったヤツが自分の考えたカッコいいセリフとかを口にした場合、後年になって『やめときゃ良かった』と後悔するような、黒歴史の一項目になるような事を言ってしまったりするのに。
そんな山崎が『ふむ』と言い、俺の方を見て。脇腹をツンツンつついて、自分の方を指差している。アレか。予行演習ごっこをするつもりか。仕方なく、インタビューアーの役を受け持つ事にする。
「…… えー、山崎さん。今回の大会に対する、意気込みを。ひとこと」
「…… 忘れ物を…… 取りに。戻ってきました」
「忘れ物、ですか? 」
「はい」
「…… 忘れ物、とは? 」
「深紅の、大優勝旗です」
―― 数秒間、俺達の周辺から音が消えたような錯覚を覚えた。
「やめてくれぇぇぇぇ!! 」
「微妙にヘイトを稼ぐセリフにも思えます」
「中二病っぽいよな」「それだ」「らしいと言えばらしい」
「どっかで聞いたような気がする」「やる気だけは感じるかな」
「あたしは良いと思います!! 」「清水さーん…… 」
「ホントに言うんですか? 」「マジで? 」「マジかな? 」
「記事になった途端にダメになるセリフ? 」「動画じゃないとダメなヤツ」
山崎の決めゼリフに対して、俺をはじめとした周辺の部員から、口々に感想が飛び出した。「なんだとぉ!! 」とか言っている山崎だったが、忘れ物どうこうのセリフは絶対に使わないでいただきたい。
そんな平常運転の雑談をしながら、俺達の乗るバスは、宿泊所である温泉旅館『 不朽苑 』への案内看板が立っている道を進んで行く。見覚えのある道、1年ぶりの風景だ。去年の夏、同じように通った道。さらに進めば、もっと見覚えのある道が見えてくるだろう。
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そして、俺達こと『 弘前高校野球部・御一行様 』の貸し切りバスは、温泉旅館『 不朽苑 』の駐車場へと到着した。各自の手荷物を確認し、整列して正面玄関へと向かう。すると。
「「 …… ホントに居るよ…… 」」
正面玄関の脇に、スポーツ関係の記者と思われる小集団、高そうなカメラのレンズを俺達に向けている数人のカメラマンの姿などが目に入った。
「えーと。ウフン。忘れ物を…… えー、忘れ物を…… 」
「それはヤメロ」
声の調子を確認している山崎に、素早く注意する俺だった。
それはともかくとして、だ。去年よりも今年の方が、注目度は高いんだなぁ、と。あらためて思ってしまう。到着シーンの写真を撮るためだけに、わざわざ待ち構えるとか。それがネタとして機能するっていう事、だからなぁ……
その後。簡単なインタビューも交えつつ。並んで『いらっしゃいませ』と挨拶してくれた従業員の皆さんに、整列して『お世話になります』と礼を返して。俺達は割り当ての部屋を確認して、荷物を置きに部屋へと向かうのだった。
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「―― 北島先輩。どこへ行かれるのですか? 」
「あやしい」「怪しいですよ先輩」
部屋に荷物を置き、先生に報告を完了して。さあ自由時間を有効に使おうと、部屋から出てきた俺が歩いていると、そんな声が聞こえて来た。声の方に振り向くと、1年部員の安藤、芹沢、中島の三人が揃って俺を見ていた。
「…… 少し、身体を動かして来るんだ。プールだよ」
「御供します」「俺も行きます」「すぐに水着もってきます」
そんな俺達がプールサイドに出ると。人気のほとんど無い、閑散とした雰囲気のプールが俺達を出迎えてくれた。若い女性は皆無、中年…… より少し年上な雰囲気の、夫婦らしき客が数人だけ。
「「 …… 」」「…… 話が違う」
俺は何も約束していないぞ中島。そもそもこの『不朽苑』は温泉旅館なのだ。夏場でも客を呼び込む要素としてなのか、わりと大きめのプールが存在しているものの、都会のオシャレなホテルにあるというウワサのナイトプールとか、そんな感じを出せるプールでは無いのだ。仮に若い女性客が存在したとしても、サウナとか温泉に行ってると思うよ。そりゃもちろん俺だって少しは期待していたけど。期待しすぎは良くないんだよ!!
「話が違うで…… 」「これが現実か…… 」
後ろの方から聞こえた声に振り返ると、俺達と同じくらいの年頃の男子が二人。細身ながらも全身まんべんなく鍛えられた筋肉質な身体、短く刈り揃えられた頭髪。もしかしなくても、同じ宿に泊まっている、余慶学院の野球部員だろうか。
「「本物の関西弁だ!! 」」「本場の発音っぽいですね」
などと言う、ウチの野球部の1年生の言葉に。
「うわ坊主がおるで?! 」「マジモンや!! それに若いな!! 」
そんなリアクションが返されていた。安藤のスキンヘッドは目立つからなあ。
「えーっと。もしかして、余慶学院の野球部? 」
「おお、そうや。そう言うアンタは…… 北島か?! いい身体しとんな!! 」
「死ぬほど筋肉がついとる、ってワケでも無いな。しかし、厚みは有るな…… 」
今度は俺が身体をジロジロ見られている。あまり嬉しくない。
「で、お前さん達も、水着のねーちゃんを期待して来たん? 」
「サギやよな、こんなん。男子高校生の純情を返して欲しいわ」
「ごもっともです」「騙されました」「ウチの先輩が」
この連中。特にウチの1年生どもめ。後で筋トレ地獄に落としてやろうか。
「おー!! すいてるじゃん!! らっきー」
「泳げそうで良かったです」
「あ、北島先輩だ」「一休さんも」「げ、中島」
と、耳に届く、聞き覚えのある若い女の声。六人の男子高校生が一斉に、その声の方向を振り返ると。
「やっぱり来てたか、悟。あと1年生も―― 」
「やっとプールになったで!! 」「神はおった!! 」
「素晴らしい御縁です」「おおおお…… 」「信じてました先輩!! 」
山崎の言葉を遮って、俺以外の男子高校生が歓声を上げていた。
「うるさい!! 」
「「すんまへん」」
「「「すみません」」」
即座に叱られ、謝る男子だった。
もちろん、思わず歓声を上げてしまった連中を、俺は責める気にはなれない。去年と同じく、いや、わずかに迫力を増した山崎のビキニ姿。黒いラインでフチどられた黄色のビキニは去年と同じで、おそらくは買い替えていない同じもの。しかし去年とは紐の張りとフチのラインの位置が微妙に違う。山崎め、この1年間でさらにパワーアップしたという事らしい。食事やトレーニングの賜物か、それともバイトで得た金で購入した外国製の下着の効果か。
そして迫力の面で山崎には及ばないものの、清水のボリュームも申し分無い。身長が山崎よりも高いため細く見えるが、それは目の錯覚だ。俺には分かる。水着がビキニというのも、値段とサイズ調整の関係からビキニがいちばん適当だった、という事に違いない。
そしてこの二人には見劣りするが、1年女子マネージャー三人のスタイルも中々のものだ。ワンピースの水着ではなく、飾りの少ないセパレートタイプの水着やビキニを選んでいるのも、『野球部式』という名称が定着しつつある、山崎指導のボディメソッドの効果によるボディライン育成の結果によるものだろう。山崎レベルは無理だとしても、清水のレベルを目指し、今後も精進に務めて欲しいと思う俺だった。
脳内メモリに画像を一時保存しつつ、俺は心の中で『うむ』と大きく頷く。やはり夏はこうでなくてはイカン。もちろん野球が一番だが、男子高校生としては、こういう要素も必要なのだ。心が潤う。
「で、そっちの二人は…… 同じ宿の野球部員? 」
「余慶高校3年の、中村です!! 」
「オレは山本です!! ヨロシクお願いします!! 3年です!! 」
ビシッと姿勢のいい礼をしている様子は、やはり強豪の野球部員、という感じはするが。何をどうヨロシクして欲しいのだろうか。合コンのパーティ会場では無いのだが。俺も合コンというものには参加した事は無いが、何かそんな気がした。
「あたしは2年の山崎よ。こっちは1年の清水さん。そちらの三名は1年のマネージャーね」
「「 ……えっ??? 」」
しばらく、山崎の顔をじっと見ている二人だったが。
「えーと…… 山崎って、『あの』、山崎? 」
「ホンマに? 」
「…… ふむ。『どの』、山崎を想像してるのか知らないけど。現時点で、全国高校野球選手権大会の、甲子園球場における、本塁打本数記録のトップに記録されている山崎が、あたしだけど? 」
また少しの間、じっと山崎の顔を見ていた二人だったが。
「…… ホンマや!! 確かにこの顔!! 」
「マジで!! あのユニフォームの中身、こんなんなっとったんか!! もっとゴリゴリの筋肉の固まりかと思っとったわ!! 」
そして山崎の身体をジロジロと観察し始める二人。
「まあでも、確かに全体的に筋肉がついとる感じやな。ガタイもエエし」
「でもやっぱ皮下脂肪は少な目やで。外国のダンサーみたいな感じか」
とか言いながら。
「足は見事やな。太ももはさすがに太いで。柔らかそうな筋肉がついとるわ」
「腰回りもしっかりしとるなぁ。一番下のアバラの線が見えん…… 筋肉が全体的にしっかりと付いとるなぁ。その上でこの胸は見事なもんやなぁ。スゴイわ。マジで」
などとボディラインの品評などをする二人だった。
「…… で、3年の中村さんと、山本さんだっけ? 初対面の、水着姿の女子の身体をジロジロ見ながらアレコレ批評だか品評だかしてくれた件について、お宅の監督さんに報告とかしても? 普段はどういう指導をされているのか、ウチの監督から抗議込みで聞き取り調査をしてもらいましょうか? それともスポーツ記者の方がいい? 」
「「すんませんでしたぁ―――― !! 」」
可能な限り深く頭を下げる、二人だった。
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「まあ、あたしは見られるくらいなら、特に文句は言わないけどね。ウチの他の女子を変な目で見過ぎたり、ちょっかいを出すような事をしたら容赦しないから」
「反省してます」
「節度をわきまえます」
二人の謝罪の後、軽く説教して謝罪を受け入れた山崎と、弘前高校および余慶学院の野球部員は、プールで軽く泳いだりしながら話をしていた。そして分かった事は、余慶学院の野球部は基本的に男子のみの所属が許されており、マネージャーも当然ながら男子。また、ほぼ全員が寮生活の上、建前上は男女交際禁止、という規則があるらしい。
もちろん隠れて同じ学校の女子生徒などと付き合っている彼女持ちもいる事はいるらしいのだが、表だって口にする事は出来ないので野球部的には都市伝説的な扱いで、そんな環境にある男子学生としては、せっかく合法的に外出できた上、自由時間が取れたのだから、若い女性の水着姿とかを見たくなった、とかいう感じらしかった。
ちなみにこの二人はレギュラーで、セカンドとショートの二遊間コンビらしい。ポジション的には俺達と一緒なんだな。
「誰かが問題を起こすと出場停止もあり得るからな。基本的には、宿の外への外出も禁止なんや。それでも食事や自由時間の余裕は、普段の生活からすれば、各段にマシやからなぁ。ちょっと羽根を伸ばしたくなるんや。他の連中は、とりあえず温泉に行ったり、昼寝したりしとるな」
そんな内情込みの話を聞いてしまうと、やっぱり私立のガチ勢は厳しいな、と思う。弘前高校は基本的な部分で公立のエンジョイ勢だから、自分達の恵まれた環境が実感出来ていない部分があるなぁ。
「ウチの3年2年の彼女持ち率は、ほぼ100%よ」
「「マジで?! 」」
「1年生ですら、彼女持ちは二人もいるのよ。それも入学してから出来たのよ」
「「ウソやん?! 」」
「女子マネは4人もいるしね。そのうち一人は、主将の彼女ね」
「「ホンマでっか?! 」」
「知ってるかもだけど、あたしは悟の幼馴染で御近所さんで、家に帰る時は大体いっしょに帰ってるわよ」
「「なんやて………… 」」
セクハラの報復なのか、山崎が会話で二人の精神耐久力を削り取るような攻撃を仕掛けているような気がする。あと、俺に向けての視線が何かキツい気がする。
でもまあ、他の部員がどんな感じの連中かは分からないが、レギュラーの3年がこんな雰囲気なら、残りの部員も危ない感じの連中では無さそうだ。少し安心した。この先の宿泊所生活も、平和的に過ごせそうに思う。
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面倒ごとは無い、そう思っていたのだが。
「なーなー、北島くん」「ちょっとエエか? 」
プールから上がって部屋へ戻ろうとした時、あの二人に話しかけられた。
「やっぱ北島くんはさ、山崎と付きおうてんの? 」
「清水さんは彼氏おるん? 1年のマネージャーの子は? 」
なにこの人たち。面倒くさい。
「なーなー。清水さん紹介してーな」
「なー、北島くーん。あ、アイスでも食おか? 」
本当に面倒くせえ。
直接、本人に声をかけると問題行動になるから、俺に合コン的なモノをセッティングしてもらおうという魂胆なのだろうが…… ウチの生徒だったら、もっと適当にあしらえるのに。他校とはいえ、3年生だしなぁ。おかげで余計に面倒くさい。平塚先生に言いつけると、色々と可哀想な事になる可能性もあるし。
明日から可能な限り、山崎をボディガードに付けよう。山崎なら俺を守ってくれるはずだ、と。そう決心しつつ、今日という日を乗り切ろうと思う、宿泊所初日の俺だった。
お久しぶりです。読者の皆様、どうか見捨てずに今後もチェックしていって下さいませ。よろしくお願い致します。今後の更新はそれなりの速度でやっていこうと思っていますので、どうぞ、どうぞよろしく。私用がひと段落ついたので、しばらくは余裕があります。
更新間隔が開いちゃったし、ユーザーデバッガーの方のボランティアには期待できないかも知れない……自分で何とかしないと。




