107 あたしは今、物語の中にいる
最近にしては早めの更新です。
【 雲雀ケ丘ベンチ 1回表の終了直後 】
「いやぁ!!緊張したぁ!!死ぬかと思ったわ!!」
「ヤバいねこれ!!なんか大笑いしそう!!」
「キャプテンから電波でも出てるんじゃないかなー」
「ヤバいヤバい!!」「いきなりクライマックスだよ」
あはははは!!と。
ベンチに戻って給水と攻撃の準備をしつつ、笑顔で会話する雲雀ケ丘ナイン。さっきまでグラウンドに出ていた選手達は、皆一様に笑顔を浮かべていた。そしてベンチ内に残っていた控えのメンバーも、薄く笑いを浮かべている者ばかり。
正直、いざ実戦となったら、通用するかは分からなかった。通用するはずだ、とは思っていても、確信は持てなかった。もちろん、それが『 いつまで通用するのか 』など、保証など全く無い。だが、通用した。あのKYコンビの二人に。
磨き上げた、唯一の武器とも言える、ナックルボールが。
一部の、あるいは大方の雲雀ケ丘高校関係者、もしくは高校野球の関係者が理解していない、または勘違いしている事がある。それは、【 雲雀ケ丘野球部の、今年の目標 】だ。今年の雲雀ケ丘高校野球部の目標は、県予選の優勝では無い。結果として、県予選の優勝という『 状況 』が出来上がってしまった訳ではあるが、目的は違う。
【 弘前高校野球部と、理想的な勝負を実現する 】
おそらく、雲雀ケ丘野球部の関係者以外には、全く理解できない目標だろう。そもそもこれは、今年の主将である、野崎 美琴が【 自分のやりたい事 】について、部員の同意を得ようとした事によって決定した目標、方針であって、ある意味『 今年の部長のワガママ 』以外の何物でも無いからだ。主将である野崎 美琴が【 やりたい事 】とは、だいたい以下のような事である。
1:どんな強打者からも、勝負を逃げない。バッテリーは打者と勝負するモノだ。
2:野球とは、投げて、打って、守るもの。小賢しい作戦は可能な限り使いたくない。
3:女子だろうと男子だろうと関係無い事を力で示したい。まずは気合いと根性。
とらえ方次第では、【 すさまじく脳筋 】な事を言っている、ようにも思える意見だった。ちなみに先代の大滝主将の『勝利という結果をもって実力を示す』『そのために最良の方法を選択する』という、ある意味で現代野球の合理性を追及しよう、という考えが根底にある方針から考えると、時代に逆行した時代錯誤な方針にも見える。特に気合いと根性を推してくる所がそう感じるのだが……
これは意外と言うか、特に反論も無く受け入れられた。第3項の『男子に負けないという事を実力で示す(意訳)』という部分と、『気合いと根性で、まずは男子に負けない所を見せる(意訳)』という部分が共感できた、という事。そして第1項と第2項の、これまた意訳の部分……【 自分が、試合という舞台の、最高の役者となる 】という気持ちが、大きく共感できた。そういう事だった。
カッコ良く生きてみたい。
自分が、自分の物語の主役だと、実感したい。
そんな、誰もが一度は心に抱く気持ち。そして、『野球が好きだ』という気持ち。『高校野球で後悔したくない』という気持ち。必死にがんばっても結果がついて来るとは限らない。でも何らかの成果は得たい。甲子園への出場が叶ったら、それが満足できる結果だろうか?それらの気持ち、渇望する想い、不安に対して、野崎は自分なりの結論を持っていた。
【 強敵と、理想的なスタイルの勝負、試合をする 】という事。方法と手段を優先し、結果はついて来たモノを受け入れる、という事だった。
もちろん、野崎の言う『理想的な勝負』を演じる役者となるためには、必要なモノが色々と必要だったのだが、これには幾つかの幸運が重なって手に入る算段がついていた。
だからこそ、野崎が『もうガマンしていられない』と、部員に自分のやりたい事への同意を求める事にもなったのだが。
ひとつ。実力が充分にあり、ドラマチックな勝負に付き合ってくれるノリのいいプレイヤーと野球部が存在する。それは弘前高校野球部である。女子プレイヤーでありながらも現役高校球児の、最強の一角である山崎 桜を擁し、去年の夏は甲子園で優勝してもおかしくなかった。現時点での甲子園大会記録の最多記録ホルダーでもある。どう考えてもおいしい。
ひとつ。現時点において、敬遠するのが半ば当然と化しつつあるKYコンビに対して有効な球種と、それを投げられる投手をもって真っ向勝負する事ができれば、雲雀ケ丘高校野球部の、女子野球部の力を示せる。先駆者としての名声もついでに得る事ができるかもしれない。どう考えてもおいしい。
ひとつ。山崎さんが技術コーチについてくれる事になった。山崎さんのコーチング物凄く助かるしレベルアップを実感できる。こりゃイケる。どう考えてもおいしい。
あと、3年生である野崎にとって『これが最大にして最後の機会』であろう、という事も理解している部員としては、『好きにさせてやって、最後まで付き合ってやってもいいかな』という気分になったという事もある。何しろ野崎にとって最後の夏なのだし、去年は去年の主将の方針に従って、余計な口出しもせずに頑張っていたのだし。と。今までは手を伸ばしても届かなかった夢の舞台に、手をかける事ができたのだ。しかも全国優勝とか、いきなり無理目な目標を掲げている訳でもない。
もちろん今年の弘前高校野球部に勝利する事は全国屈指の実力者に勝つという事だから、球場が甲子園球場ではなく県営球場である、というだけで全国レベルの勝負になる可能性は高いのだが。逆に言えば、すぐそこに理想の相手が居るのだという幸運。甲子園への出場権を得るのが目標の学校からすれば、弘前高校の存在は胃が痛くなるほどの逆境とも言えるのだろうが、野崎にとっては飢えた狼の目の前に吊られた生肉のカタマリも同然。
主将である野崎 美琴の【 やりたい事 】をイメージ的に要約すると、それは【 野球マンガの登場人物になる事 】である。
野崎が野球を始めたきっかけ、それは『 野球マンガ 』である。よくある話だ。
野崎は小さい頃からいわゆる『男勝り』な女の子で、行動も身の回りの物の好みも、男の子が好む物が多かった。その中に『少年マンガ』が含まれていたという。それこそ小さな子供が読むようなマンガではなく、少し年齢層が高めの男子向けのマンガ誌。その中に掲載されていた、野球マンガに感銘を受けた。
泥と汗にまみれ、努力と根性で壁を乗り越え、強敵と競い合い、そして打ち勝つという作風の、『いかにも』な、泥臭い野球マンガだったという。中でも投手と打者との勝負のシーンは作品の華であり、それがどれだけ素晴らしいモノであるか、自分がどう感動したのか、人としての生きざまに対してのアレやコレやを部員に語ったものだ。
ちょっと熱が入りすぎで、よく説明できてないなぁ……とは思いつつも、野球好きである事には違いない部員達は、大雑把にだが野崎の気持ちを汲む事ができたという。
なお、野崎が大好きだったという野球マンガを調べてみたところ、高校野球もので、夏の甲子園への出場を目指しているような雰囲気だったものの、部活動としての野球をただ頑張る青春モノであり、県内のライバル達との勝負をひたすら繰り広げる話だったという。ラストは甲子園に出場できたかどうか、よく分からない終わり方で終わっていた。打ち切りマンガだったのだろうか。
とにかく野崎の言葉の熱量からしても必死さは物凄く伝わってきたし、名誉とロマンと打算と勝敗の可能性と女子の友情と試合の展開予想と、色々なモノを考えた結果。『よし、主将のロマンに付き合っちゃおうか』という結論に達したのだった。それが今年の雲雀ケ丘女子野球部の姿なのである。
そして実践。野崎を除く雲雀ケ丘ナインの抱いた感想は。
【 これ、面白いかも 】というもの、だった。
この夏、全国の高校野球ファンと関係者が。
何度となく見返す事になる、特別な試合が続いてゆく。
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【 F県TV専用 実況席 】
「――鋭い打球!!しかしレフトカバーがギリギリ間に合った!!倒れたレフトへのフォロー入って、素早く返球。2アウトでランナー二塁一塁です。両チームとも、なかなか三塁を踏めません……藤田さん、現在の状況、どう思われますか」
「先日の明星戦と、同じような試合展開ですね。得点圏にランナーが出る事は出るが、なかなか決め手の一打が出ない。外野の前進守備を抜くような長打が出ない。まぐれだろうと何だろうと、こういった状況で一発が欲しいところですけどね」
「今の北島選手の打席も、不発に終わった、とも言えますね」
「はい。今のも、ナックルボールでしたね。投手も自信を持って投げているように見えますし、やはり彼女も『 姫 』の一員として、充分な練習を積んでいるようです」
「控えを含めて、全員が『 ナックル姫 』という事でしょうか」
「そういう事でしょうね。投手の人数からすれば、9イニングを全球ナックルでつなぐ事すら可能かもしれません。今のところ、他の変化球がナックルボールの目くらましに使われているような雰囲気すらあります」
「――ストライク。4番打者の松野選手、1球見送りです」
「状況からすれば、さっきの北島選手を歩かせた方が、投手の握力を含めても、安全な展開だったと思うんですが。控え選手の半数が継投のための投手である以上、球数も気にする必要は無いですしね」
「――打った!!しかしボールはピッチャー横を抜けてセカンド前。落ち着いて一塁へ送球して……アウト。弘前高校、この回の攻撃も無得点です」
「他の打者も、打っていない訳ではないのですが。肝心なところで一発が出ていませんね。打撃がうまく繋がっていません。山崎、北島の両名を含めて。あえて危険な状況を無視してKYコンビと勝負する姿勢が、よく分かりませんが……今のところ、普通ですね」
「普通、ですか……?」
「あ、いえ。『 普通 』というのも、何かおかしい、と思わなくもないのですが……弘前高校というと、やたら打ちまくる打線が上手に機能して、あらゆる状況で点が入りまくるか、要所要所でKYコンビが大量打点を入れるような、攻撃主体の点取りゲームになる試合のイメージが強いんですけどね。本当に、『ロースコアで進む』『よくある高校野球っぽい試合だな』という感じが、『 普通 』のゲーム、と感じてしまって」
「KYコンビが機能しない試合の場合、敬遠という手段が採られる事が多いですが。この試合、今のところ一度も敬遠されていませんしね」
「それです。どの打者へも敬遠が無く、かつ本塁打も出ていない。一般的な試合であれば普通と言えば普通なのに、その普通さ加減が異常に見えるような、不思議な違和感を覚えるんです。『 普通 』という言葉が『 異常 』と入れ替わってしまったかのような、不思議な感覚というか」
「わかります。KYコンビが長打を打てないボールを安定して投げられる、という現実に、何か不思議な感覚があります」
「昨年の甲子園でも、KYコンビが本塁打を打てない試合が……ありましたが。そこからヒントを得たのでしょうか……? 変化球の指導そのものは、山崎選手だというので、これも何やら不思議な感触を覚えますが」
「普通の試合を変に感じてしまうって、どういう事なんでしょうね?」
「それだけ弘前高校のKYコンビが、特殊な存在だという事でしょうね。いずれにせよ、このまま試合が進むようであれば……ある意味で、近年の高校野球史に名を残す試合になるかも知れません」
「名試合となる、と?」
「特殊な意味合いで、ですが。まあ、試合の行方を見守りましょう」
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「ちょっとキャプテン。スイングに『迷い』が見えたわよ」
「すまん。確かに迷った」
山崎が、一塁から戻ってきた松野主将に声をかけていた。さっきの松野主将の打席に対するコメントというか指導というか、そんな一言だった。みんな揃って打撃用プロテクターを外す。
「ハイ、心を静める合言葉!!」
「南無八幡大槻センパイ、我に一打を与えたまえ。当たれ、当たれ、アタレーよ」
頼むから、その変な合言葉、この試合だけにしてくれよ……?
また山崎がネットかどこかで拾ってきた、変な言葉を部員に流布しようとしていた。打席で迷いを無くすための合言葉は別にいいと思うんだが。妙な言葉を流行らすのはやめて欲しい。大槻センパイはともかくとして、他の部分は何だっけ。平家物語の那須与一、だったか。それとも自衛隊の呪文だっけ。
今日の弘前高校打線は、ナックルボールに対する対策、打撃方針は『まぐれ当たりを狙う』というモノなので、変な合言葉を唱えるのも仕方ないと言えば仕方ない気がするが。まぐれを狙う、というのは日本語的に、意味不明な気がしなくもないのだが。
要は迷ってパフォーマンスを低下させるくらいなら、思い切って空振りして行け、という事だ。ナックルボールが来たとして、どのくらい落ちるのか、どっちへ曲がるのか。そこを迷うくらいなら、タイミングだけを重視して強振して行け、という方針。おのれのバットに大槻センパイの魂を宿せ。そういう事だった。
「よーし、すぐにチェンジして、また打つわよー!!」
山崎がそんな声を上げて、ベンチを出ていく。点を取られても問題ない、などと言えるのは、ある程度の得点があるか、得点できる算段がついている状況に限る。現状、どちらもさっぱりだ。攻撃で一歩先んじるまでは、守備で張り合うしかない。ちょっと自分自身に気合いを入れつつ、駆け足でグラウンドに出ていく俺達だった。
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【 試合経過 】6回終了時点
弘前 0 0 0 0 0 0 |0
雲雀 0 0 0 0 0 1 |1
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【 F県TV専用 実況席 】
「――沸きに沸いております!! 一塁側スタンドの雲雀ケ丘応援団!! イニング終了したにも関わらず、その熱気は吹きあがるよう!! 外野スタンドの観客からも大歓声です!!」
「先取点は雲雀ケ丘。試合は終盤に突入。弘前高校は抑えに山崎選手をマウンドへ送り込むところでしょうが……問題は得点をどうするか。そして雲雀ケ丘の対応ですね」
「現在のところ……KYコンビは一度も敬遠されていませんが。この姿勢は、この後も続くでしょうか?」
「私が監督であれば、そういう作戦は指示しないでしょう。もちろん、それは今までの試合展開を含めて、です。ですので……以後も、続く可能性はある。そう思います」
「……雲雀ケ丘は、選手が試合の作戦を決めている、という話でしたが」
「3年生の意向が強いとは思いますが。雲雀ケ丘の今年のスタイルというか、気構えというか。まるで…………」
「……まるで?」
「……昔の野球マンガみたいですね。男と男の勝負、みたいな感じの熱血モノのような」
「雲雀ケ丘は女子ですけどねぇ」
「以後の展開が楽しみですね」
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「「――たぎってきたぁああああああ!!!!」」
「「イヤッほぉおおおおおおお!!!!」」
雲雀ケ丘ベンチ内では、ベンチ上の応援団に勝るとも劣らない熱気が渦巻いていた。膠着状態のゼロ点ゲームの均衡を破ったのは自分達。全国屈指の強豪を相手に、リードを得たという事実。間違いなく、この夏最高の盛り上がりを見せる試合と展開だった。
やった、やった!!と。先取点を喜ぶ部員達。そんな中、プロテクターをあらかた着け終えた野崎 美琴は、じっとグラウンドを見ていた。
(――あたしは今、あの、憧れた世界の。登場人物なんだ――)
野崎 美琴が野球を始めるきっかけとなった、野球マンガの物語のように。熱く、アツく。たぎる熱気が渦巻く、意地と意地がぶつかりあう、真剣勝負の世界。自分は今、夢を実現しているのだという実感。今までに感じた事のないような高揚感とともに、グラウンドの風景すべてが、体に沁み込んでくるような。そんな不思議な感覚を、野崎は感じていた。
(――この時間が、ずっと続けばいいのにな)
決着なんかつかずに、永遠に試合が続けばいいのに。
自分が求めた最高の舞台、最高の物語。
それが今、ここにある。野崎 美琴の夢の世界。
「みこっち!! ボケっとしてないで行くよ!! しっかり!!」
「――おう!! この回も0点で抑えるからねー!!」
「「いよっしゃああああああああ!!!!」」
部員といっしょに、ベンチを飛び出して行く。応援席から声援が飛んでくる。
時間は止まらない。この試合もいずれ終わる。
だが、しかし。だからこそ。絶対に。全力を出してプレイしよう。そう思う、野崎だった。
野崎にとっての夢の舞台は――まだあと少し、終わらない。
次回も早めの更新が出来そうな予感。ノリとか気分とか季節とかストレスとか、もろもろの理由かと。今後もよろしくお願いいたします。あと主人公を時々見失うのは当作品ではたまによくある事なので、適当にお付き合いくださいませ。
まいどの誤字修正機能の活用、まことにありがとうございます。今後も変なところを見つけたらば、よろしくお願いいたします。当作品の半分は、読者様の優しさで出来ております。
あと今期も『ネット小説大賞九感想』のタグをつけて新規読者様への導線を、わずかでも確保できないかなー?と、少し企んだり。このノリが気に入った!!という方。ブックマークや評価ポイントの★など、お気持ちでよろしく。今後も、ゆるーくやっていきます。




