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第八話 美容室

 道中特段会話も無く、気が付いたらオシャレなスタイリングチェアに座らされていた。

 

 戸惑う僕にはお構いなく、美容師さんと立花さんが話し始める。


 「蒼ちゃん今日はどうしたの?」

 

 「今日は私じゃなくて、二階堂くんをイケメンにして下さい」


 イヤイヤ、そんな要望でイケメンになるんだったら、世の男性は全員そう注文するよ?と僕は訝しげな表情で首を傾げる。


 「承りました〜」


 承るの?軽く無い?てかちょっと待って僕の要望とか聞かないの?


 僕は不安そうな目で美容師さんを見つめたが、そんなのお構いなし的な感じでカットを始められる。


 横目で立花さんにも訴えようと視線を送ったが、時折目が合うくらいで僕の訴えなど受け入れる素振りもみせない。


 ここまできたらこれ以上抵抗しても無駄だ、と思い僕は諦めて流れに身を任せる事にした。


 ────カットも終盤に入ったのか?気付くと立花さんが僕の横でその様子を窺っていた。


 「二階堂くん⋯⋯う〜ん、へぇ、ほぉーなるほどねー」

 

 「何がなるほどなんですか?」


 立花さんが食い入るように僕を見ている、いや見ていると言うより観察に近い感じに思えた。


 「立花さんらしくも無いですね?言いたいことがあるなら言えばいいじゃないですか?」

 

 僕は立花さんのハッキリしない物言いに、不安を感じ強めに聞き返した。


 思い通りの感じにならなかったのか?それともここから更に要望を伝えたいのか?


 どちらにしろカットが終われば帰れる、あと少しの辛抱だと思って僕は安堵の表情を浮かべた。


 「二階堂くんコンタクトにしてみない?」

 

 「いやです」


 一瞬にして天国から地獄へ突き落とされた気分だ、やっと苦痛から解放されると思っていた矢先にこれだ。


 絶対に同じ(てつ)は踏まないぞと意気込み、なんとか断り文句を考える⋯⋯その隙を与えてくれないのが立花蒼だ。


 「もしもし、今からコンタクト大丈夫ですか?」

 

 「僕がだいじょばないです」

 

 「大丈夫ですか?ありがとうございます、では後ほど伺いますね」

 

 「だ・か・ら、だいじょばないです」


 立花さんはお腹を抱えて笑っている。

 何一つおかしい事は無いと思い、僕はジト目で立花さんを睨んだ。


 『テレテレッテッテッテー』


 「ふうぅーッ」

 

 僕はカットされている事すら忘れて深い溜息をついた。


 なんて日だ、問題が大波のように押し寄せてくる。


 ディスプレイを見るとステータスとスキルの欄がまた点滅している。


 いや、それより先にコンタクトを買いに行くという問題を解決しないといけないと思って、立花さんに視線を移す。


 立花さんは虚空を見つめながら腕を動かし、何かを操作している。


 なるほどねと僕は何かに納得したような表情を浮かべる。

 

 同じ経験値をもらっているのだからレベルが上がるのもほぼ同じタイミングになるわけだ⋯⋯


 だからなんだ?それどころじゃない、コンタクトなんて絶対に買いに行きたくない。


 そう思って立花さんに物申した。


 「立花さん、僕はコンタクトなんて買いにい⋯⋯」


 そこまで言いかけた瞬間に体が火照っていくのが分かった。


 『トゥンク⋯⋯』


 「へっ?」


 『トゥンク⋯⋯トゥンク⋯⋯』


 「ひゃっ」


 言葉にならない声が漏れ出てしまった。


 心臓が警鐘を鳴らし、顔に火がついたんじゃないかと思えるくらいに熱くなった。

 

 ふと横に視線を移すと、仁王立ちでニターッと破顔させた立花さんが見下ろしていた。


 「二階堂くん?コンタクトがなんだって?」

 

 「キョ、キョンタキュトなんて⋯⋯」

  

 くぅー、上手く喋れない。

 立花さんの表情から間違いなく何かされたのは察しがついた。


 カットがまだ終わっていないから平静は保っているが、体が燃えるように熱い。


 それになんだこの形容し難い気持ちは?

 心臓がギューっと締め付けられている感じがするのに、鼓動は高鳴り続けて、抑え込めず頭が変になりそうだ。


 「ねぇ二階堂くん」

 

 「は、はひっ」


 『トゥンク⋯⋯』


 「コンタクト⋯⋯行くよね」

 

 「は、はひっ」


 『トゥンク⋯⋯トゥンク⋯⋯』


 決して逆らう事のできない状況と、立花さんの脅迫じみた物言いに僕は苦汁を飲む事にした。

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