第二十三話 キスしたことある?
「うわぁ〜!なにこれ、本棚いっぱいに漫画本!ヤバイ!ヤバイ」
僕の部屋に入った瞬間、立花さんの開口一番が響き渡った。まるで遊園地に到着したばかりの子供のように、目を輝かせ、軽快にジャンプをしながら、全ての漫画本を確認していく。
「WEBコミックだけじゃなかったんだね!私こんな数の漫画本初めてみたよ!」
僕の部屋は十畳あり、ベットとテレビ、あとは部屋の真ん中にテーブルが置いてある以外は、全て本棚で埋め尽くされていた。もちろん本棚には漫画本以外はほぼない。
「た、立花さん、一旦落ち着いて座りましょう」
「ん」
ようやく落ち着いたかと思いきや、両手いっぱいに漫画本を抱えて座ろうとしている。
「ちょ、ちょっと待って下さい、趣旨趣旨、勉強するためにきたんですよね?」
「ん?」
立花さんは素っ頓狂な顔をしながら、漫画本をテーブルの上に置いた。
「赤点回避するんですよね?」
「あ、あ〜〜」
完全に忘れていたのか『アハッ、アハハッ』と変な笑い方をして、掌を一回叩いて、僕を指さした。
「それそれ!見たいな仕草しないで下さい、勉強しますよ!こっちに来て座って下さい」
「勉強は逃げないよ」
「漫画本も逃げません」
立花さんが、頬を膨らませながら仁王立ちする。僕が漫画本を元の場所に戻すと、眉間に皺を寄せ渋々座って、テーブルの上にお菓子を並べ始めた。
「立花さん何をしてるんですか?」
「ホームパーティー」
いやしないから、勉強始める前から休憩ってありえないでしょ?
「立花さん、勉強する気あります?」
僕がそう言って、立花さんを睨むと。
「あるに決まってるじゃん、私の体からやる気オーラ溢れ出てるの見えるでしょ?」
「僕には無気力オーラしか見えてません」
立花さんが、『ブハッ』と吹き出して笑うと、やれやれといった感じでお菓子を片付けて、テーブルの上に教科書とノートを広げて僕の顔をチラッと見た。
「え、なんですかその顔は?」
「早く勉強教えなさい」
僕は肩を窄め、深いため息をついて、立花さんの隣に座って尋ねる。「苦手な教科とかありますか?」
「全部」
全部苦手とかあるんだ⋯⋯僕は訝しげな表情を浮かべて、何から教えていいかと思い悩む。
「す、数学からやりましょうか?」
「りょ」
そう言って、立花さんは敬礼の仕草をして、数学の参考書を取り出しテーブルに並べた。これでようやく勉強できる、と思って僕は顔を和らげた。
────二時間後
「んんっ〜〜⋯⋯⋯⋯!?」
そう言って、立花さんが背伸びを始めた。流石に集中力が切れたかな?と思って、鉛筆を置き『休憩しますか?』と伝えようと思ったら。
立花さんが、テーブルに頬杖をついて、真剣な眼差しで「二階堂くんキスした事ある?」と、また意味のわからない話を始めた。
「ありませんね」僕は動揺する事もなく、心乱れる事なく、至って冷静に答える。
「してみ⋯⋯」
「しません」
食い気味にお断りすると『ブハッ』と吹き出して笑い始めた。何が面白かったのか全くわからないけど、そもそもそういう行為はカップルがする事でしょと言いかけた時。
『コンコンッ』
部屋のドアがノックされ開かれた。
「景ただいま、あ、あらお客さん」
母さん(二階堂琴音)が仕事から帰ってきた。勉強に集中していたせいか、それに気付かず⋯⋯てか、この状況説明しないと、と思って隣を見ると立花さんが忽然と消えていた。
「お義母さん初めまして、景くんとお付き合いしております、立花蒼と申します」
「ちょ、待って下さい、母さん違うから、てか立花さん、既定事実を捏造しないで下さい」
僕は胡座をかいたまま身を乗り出し、手を突き出して、話しを静止させようとすると、立花さんは怪訝そうな表情を浮かべて僕を見る。母さんは満面の笑みで頷きながら立花さんを見ている。何コレ?そう思った瞬間、立花さんが話を続けた。
「景くん違うから」
「け、景くんって?てか何が違うんですか」
「既成事実よ」
そう言ってグッドサインを送ってきたので、僕は呆気にとられてしまい固まってしまった。母さんは一連の流れを温かい目で見守っている。
「母さん違うからね、クラスメイトの立花蒼さんです」
「あら違うの?」
そう言って母さんは『クスクス』と笑いながら立花さんを見て話し始めた。
「蒼ちゃん、良かったらリビングで一緒にお茶しながら景の卒業アルバム見ない?」
「いいんですか?行きます!」
イヤイヤイヤ、なんかめちゃくちゃ楽しそうに話してるけど勉強はどうするの?そう思って二人を止めようとする。
「二人ともちょっと待ってください」
「「なにか?」」
二人は息ぴったりに言葉を発して、腕を組み仁王立ちをして僕を見下ろしていた。嫌な予感はしていた、この二人めちゃくちゃ情意投合するんじゃないかと⋯⋯
「ぼ、僕は行かないからね勉強してる」
「「どうぞ〜」」
二人は笑顔で踵を返して、部屋を後にする。僕は時折聞こえてくる、話し声と笑い声に耳を傾け気にしながらテスト勉強を進めた。




