第十九話 銀髪碧眼の女の子
木々の葉が赤色に色づき、実りの季節を迎えた頃、僕は学校に行くふりをして、一人公園で時間を潰すようになっていた。
そんなある日、いつものように公園のベンチで座り込んでいると、突然声をかけられた。
「ねぇ君、毎日ここで何してるの?」
振り返ると、銀髪碧眼のまるでお人形さんみたいな女の子が立っていた。人に話しかけられたのなんていつ以来だろう?そんな事を思った刹那、あの嫌な記憶が脳裏を過ぎり、僕は視線を地面に落とした。
「無視しないでよ〜隣座っていい?」
そう聞かれて重い口を開く。
「別に僕のベンチではありませんし、勝手にすればいいと思います」
それじゃ、と言ってその子は僕の左隣に座ると「何年生?学校行かないの?」と身を乗り出して訊いてきた。
「六年生です、学校には行きたくありません」僕はそう答えて、深い溜息をつき肩を落とす。
「え?私と一緒じゃん」
「何が一緒なんですか?」てか一人にしてくれよ、人と関わりたくないんだ。
「全部だよ」
鬱陶しい、どの口が言ってるんだよ?全部一緒のわけないだろ?と思って、口を噤んだ。
「私ね虐められてるんだー、髪の色変だし眼の色も皆んなと違うから」
そう言って女の子は、目に涙を浮かべながら、無理やりに口角を上げ笑ってみせようとする。それを見た僕は流石に黙っていることができなくなり、ついつい言葉を漏らしてしまう。
「お人形さんみたいに綺麗だから⋯⋯みんな嫉妬してるんですよ」
僕とは違う⋯⋯そう思って、漏れ出た言葉を訊いた女の子は、俯き耳まで真っ赤にする。
「あ、ありがとう、初めてそんな事言われたよ、ねーどうして学校に行きたくないか訊いてもいい?」
もう二度と会うことも無いだろうし、話してもいいか?と何故か思わせたのは、その透き通った青い瞳のせいだろうか?なんて考えながら重い口を開く。
「一人になっちゃったからです」と僕が言うと、女の子は顎に手を当て、首を傾げて素っ頓狂な顔をする。
「それはどうして?」
「あ、朱里を、幼馴染を助けたくて、恥をかかせたくなくて⋯⋯守ってあげたくて⋯⋯」
全て綺麗事だ、結局は冷静に判断できなくなって、軽率に行動した僕が悪い。
「自分が悪いって思ってるんでしょ?」
「そうですよ、だから皆離れて行ったんです」
あの日あの時から我慢して、耐えてきたもの全てが、体中から溢れ出てしまいそうになる。
「君は優しいんだね、でも諦めた」
「な、どういう事ですか?」なにかを諦めたつもりなんて無かった、ただ確信を突かれたような気がした。
「諦めたら試合終了だよ」
「それアニメか何かの名言ですよね?」
そのアニメを見たことは無かった、けどあまりにも有名すぎる名言に笑いが込み上げてきた。
「やーっと笑った、ずっと俯いてても仕方ないよ」
「確かにそうですね、久しぶりに笑った気がします」
自然と笑みが溢れていた。それと同時に目から大粒の涙が頬を伝って、地面に落ちていくのが分かった。
「ずっと悩んで、ずっと我慢してたんだね、ホラッ」
そう言って彼女は、両腕を大きく広げて満面の笑みで僕を見つめる。
「それなんですか?」
「胸貸してあげる」
イケメンか?そう喉元まで出かけたが僕は顔を横に振り涙を拭う。
「もー仕方ないなー」
そう言うと彼女は僕の頭をそっと胸に押し当て、その華奢な腕で僕を優しく包み込む。
再び自然と涙が溢れ落ちる。暖かい人の温もり、その優しさに身を任せてただただ泣きじゃくった。
「いっぱい泣いてスッキリした?」
僕は彼女の胸の中で頷いて、ありがとう、ありがとうと呟く。
そこで僕はある事に気付き口を開く。
「君も、虐められて悩んでましたよね?」
僕だけが慰められて⋯⋯彼女の問題は何も解決していない、解決できないにしても訊いて楽にしてあげたい。
「本当に優しいんだね⋯⋯でもその悩みはもう既に君が解決してくれたから、心配しないで!」そう言って彼女は口角を上げて爽やかに笑う。
「僕何かしましたっけ?」と身に覚えの無いことに首を傾げる。
「う〜ん、世界中の人、全員が敵になったとしても、君だけは私の味方でいてくれるでしょ?」
話しながら彼女は立ち上がり、一歩、また一歩と僕から離れていく。
「ちょ、意味が分かりません」
「だ、か、ら、私も諦めない、諦めたら⋯⋯」彼女は振り返り、人差し指を僕にさして、左目をウィンクさせる。
「試合終了だよ〜」
自然と笑いが込み上げてきた、心の底から笑えて、僕の心を覆い尽くしていた黒い靄が晴れていった気がした。
「ねぇ、君の名前を教えて下さい」僕は離れて行ってしまった彼女に、十分聞こえるくらいの大声で叫ぶ。
「ひみつだよ〜(今日私はこの街から引っ越す、もっとはやくに君に出会えてたら⋯⋯ありがとう二階堂景くん)」
それから僕は、何度もその公園に彼女を探しに行ったけれど、本当に二度と会うことは無かった。
◆◇◆◇◆◇
「二階堂くんおっは〜」
『バチンッ』その元気のいい挨拶が聞こえたのと同時に右肩に痛みを感じる。
振り向くとそこにはもう誰もいなかった。怪訝に思って僕は左の席に視線を移す。
差し込む太陽の陽が、霞んでしまうくらいの屈託のない笑顔で、立花さんは僕を見ていた。
なにがそんなに嬉しいのやら?と思い苦笑を浮かべながら挨拶を返した。
「立花さんおはようございます。肩痛かったです」
「なんの事かしら?クーックックッ」
その悪代官みたいな笑い方やめた方がいいよと思った矢先。
「それよりさ、これ、このWEBコミック読んだ?」
「それよりって、僕の肩を安易に扱わないで下さい」
「クーックックッ」
「横暴です」
そんな毎日のやり取りが、最初は煩わしく感じてたのに、今では少し心地よく感じるようになっていた。




