第十八話 黒い靄
磯崎雪菜さんだ!思い出したのと同時に『バンッ』と大きな音が鳴り響き、立ち上がったと思ったら、勢いよくこっちに向かってきて、僕の目の前で急停止した。
教室内の喧騒が一瞬で静寂へと変わり、クラスメイトの視線が僕と磯崎さんに注がれている中。
「二階堂くんて好きな人いる?」と磯崎さんに訊かれ、僕は状況が飲み込めず⋯⋯脊髄反射で答えてしまう。
「うーん?好きとかはまだわからないけど、気になる人はいるよ」
なんでこんなことを言ってしまったのだろう⋯⋯?それは磯崎さんに鬼気迫るものを感じたからかもしれない。
だとしても、自分の気持ちを⋯⋯人より物心つくのが遅かった僕の感情を⋯⋯好きだと断言できないあやふやな気持ちを⋯⋯と煩悶していると、「それは誰?」と磯崎さんに詰めらた。
これは流石に言う必要は無いよね?僕は咄嗟にそう思って口を噤んでいると。
「ちょっと雪菜やめなよ」そう言って、磯崎さんの肩を朱里が掴み、止めに入ってくる。だけど、磯崎さんはそれを振り払い、話を続けた。
「なんで?なんでやめないといけないの?正直、アンタたち見てて苛々すんのよ、ハッキリしてよ」
何それ?全く意味がわからないんだけど?そう思って、僕は噤んでいた口を開く。
「ごめん磯崎さん、何が言いたいかわからないし、なんで苛々するのかもわからない。アンタ達って、僕と朱里のことだよね?それって磯崎さんには関係ないよね?」
そう言い終わると、磯崎さんは歯軋りをして僕を睨み、朱里は頬を赤く染めて俯いた。
「関係ある!朱里は親友よ」
「雪菜もうやめよーよ」
その時僕は、何かが胸にひっかかる、違和感のようなものを感じ始めていた。正直、それがなんなのかはわらない。
クラス全体が静まり返り、僕が押し黙ったまま俯いていると、その静寂を振り払って朱里が話し始めた。
「ねぇ景、うちの事キライ?」
嫌いじゃない、けどそれって今言わなくちゃいけない事か?
「二階堂くんハッキリしないなー」と磯崎さんが、煽り気味に僕に問い質す。
僕が喋ろうとした次の瞬間。
「⋯⋯こっくはく」
そう誰かが呟いた。
「こっくはく、こっくはく」
はっきりと聞こえた。
「「「こっくはく」」」
人数が増え、手拍子が混じり囃し立てられる。
「「「「こっくはく、こっくはく」」」」
クラスメイト全員が悪魔に見え、その表情が、言葉が、否応なく僕に突き刺さってくる。
僕の中で『ピンッ』と何かが切れた音がハッキリと聞こえた。この状況で何もしないのは男じゃない、朱里を悲しませたくないし嫌な思いもさせたくない。
でもここで僕が憤怒してクラス中を敵にするのも違う気がする、それならと意を決して。
「あ、朱里好きだ」
囃し立てられ冷静さを失い、告白をするって結論に至ったのだと思う。当の朱里は俯き頬を赤く染め黙ったままだ。
時は止まり教室内が静寂に包まれる中、朱里がようやく口を開く。
「け、景、あ、あの、ごめんなさい」
意図した告白ではなかった、でもその言葉を聞いた瞬間、体中の力が抜けて心の中に『ポッカリ』と穴が空いたのが分かった。
思考が止まり悲愴感が漂い始める。
『ガラッ』
「みんな何してる席につけー」
その日その時から、今まで仲良かった友達は離れていき、朱里にすら無視されるようになっていった。
気が付くと、心に『ポッカリ』空いた穴は黒い靄に覆い尽くされ僕は一人になっていた。




