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第十話 初めてのコンタクトレンズ【後編】

 「まずは茶色で瞳孔が大きく見えるやつ」


 「まずはってなんですか?」


 「お待ち下さいね」


 (⋯⋯⋯⋯)


 そう言って立花さんの前に数種類のカラコンが並べられたのだが、僕に選ぶ権利すら与えてくれない所業。


 気に入ったのがあったのか?それを僕の前に置くと、主治医が簡単に取り外しの説明をしてくれた。言われた通りコンタクトを入れて見たのだが⋯⋯


 「ん〜〜?」


 納得してない御様子で。


 「明るい茶色のやつも付けさせて下さい」


 (付けるの僕なんだが)


 そう言うとまた立花さんの前にカラコンが並べられる。


 こんなやり取りを数回繰り返し、気付くと目の前にはカラコンの山が築き上げられ、主治医の微笑は明らかに引きつり始める。


 そして僕の目はとうとう悲鳴を上げ始める。端から見たら間違い無く地獄絵図だろうな?と思える程、まるで血が流れてるかのように目が赤くなり、目の前にはその惨劇を物語るように、山積みになったカラコンのケースが散乱している。僕は苦笑を浮かべてしまった。


 その後、何回付け外しをしたのかは覚えていないけど、ようやくお眼鏡に叶ったコンタクトが見つかったのだろう。


 「二階堂くんそれにしよっ」


 院内に大きく響いたその声に、僕は小さく頷いて、受付まで戻りお会計を済ませた。


 処方箋が出され受け取ると、それを立花さんが奪い取り小走りで眼科を出て行った。


 あと少しの辛抱だろうと思って、僕は表情一つ変えずに立花さんを目で追うと、向かいのコンタクト屋で立花さんが満面の笑みで手招きをしている。


 僕は苦笑いをしながら眼科を出て、すぐにまわれ右をして歩き始めた⋯⋯


 「うおぉーーいっ!」


 「はい(やっぱりだめか)」


 このまま帰れたりしないかなと、淡い気持ちを抱いたのだが、火に油を注いでしまったらしい。


 振り返ると鬼の形相をした立花さんが僕の真後ろで仁王立ちしていた。


 あの一瞬でどうやって真後ろまで来たのかは分からないが、その形相と常人ではあり得ない行動力に脊髄反射で謝ってしまう。


 「す、すいませんでした。立花さん見失っちゃいまして」


 そう伝えると立花さんの表情が和らいでいく。


 「びっくりしたぁー!逃げたのかと思ったよ」


 「そんなことしませんよ(逃げました)」


 「だよねー、あっちだよ!早くいこっ」


 こうして僕のささやかな抵抗は失敗に終わってしまったのだった。


 首輪を付けられた犬ではないが、見えない鎖で引っ張られ渋々立花さんの後をついて行くと。


 もう既にコンタクトが準備されていた。


 「二階堂くんお会計よろ」


 僕は小さく頷き、お会計を済ませると。


 「ここで付けていこ」


 「⋯⋯はい」


 お店にある鏡を目の前に、今購入したばかりのコンタクトを装着すると。


 立花さんが首を傾げ顎に手を当てながら此方を覗き込み。


 「ん〜、ふむふむ、二階堂くんその格好私の前以外では禁止」


 「はい?(なにを言い出すんだこの人)」


 「き、ん、し」


 「お金出した意味!てか、髪型とかどうしようも無いですよね?」


 「ウィッグとか?」


 半笑いでそう言った立花さんに、流石の僕も堪忍袋の尾が切れるはずも無く。


 「流石にそれは許して下さい、コンタクトは付けませんから」


 ウィッグってカツラだよね?絶対に嫌だと思い、顔の前で合掌をしてお願いする。


 「仕方ないなー、そこまで言うなら許してやろう」


 「ありがとうございます(何様だよ)」


 不必要な買い物も無事終わり、胸を撫で下ろし駅を出ると、ヒンヤリとした風が僕の熱を冷ます。


 ふと頭上を見上げると空は群青色に変わっており、視線を下に移すと街灯に光が灯されていた。


 長い時間買物してたんだなと少し項垂れるも、ようやく解放されるという高揚感から自然と足取りが軽くなる。


 「二階堂くん、私あっちだから」


 そう言って微笑を浮かべ、銀色の髪を靡かせ颯爽と去っていく背中を見送る。


 何かを忘れていたのか立ち止まり此方を振り返ると。


 「二階堂くんまた明日ね!」


 満面の笑みで大きく手を振り始めた。


 僕は苦笑し。


 「今日はありがとうございました」


 と一言伝えて控えめに右手を上げ振り返した。


 『テレテレッテッテッテー』


 「うん、家に帰ろう」


 僕は一日の疲れをドッと感じ、ホログラムディスプレイに触れる事無く帰路についた。

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