第18話
「何だか嬉しそうだな」
事務所に戻って孝介は自分の席で資料を読み返しているときだった。拓郎のその言葉に孝介は思いの他、「えっ?」と間抜けた声を上げた
拓郎は煙草を吸いながら、パソコンを使ってキーボードを叩いてた。そんな拍子に突然言ってきたのだ
仁美は事務所に帰るなり、拓郎に「少し休むといい」と言われてソファーを使って眠りこけている
ここ最近例の彼女の手がかりを何としてでも掴もうと休む暇なく働いてたらしい
静かな寝息がスースーと聞こえる
「何が?」
孝介はそう言ってみるが、拓郎はお見通しだと言わんばかり煙草をくわえながら笑った
「隠すな。さっきから顔がにやけてるぞ」
そう言われて自分の顔を触ってみる。とてもそんなつもりはなかったのに……
「ようやく例の彼女への手がかりが見つかったから」
「ふーん……まぁ、そういうことで済ましておくよ」
どうやら拓郎は本当に見通しているみたいだ。さすが、孝介の叔父というだけはある
拓郎は孝介が小さいときから面倒などよく見てもらった。孝介は山梨の甲府市に住んでいたけど、拓郎は刑事時代からここ東京に住んでいる
よく拓郎の元へ家族で訪問もしたし、その逆もあった
幼いころから叔父との関わりは深かった。そのためか、孝介の考えていることなど親も同然であるかのようにお見通しなのだ
孝介は小さくため息をついた。観念しよう……キーボードを叩いている拓郎に向けて言った
「……今日さ、公園である学生に会ったんだ」
孝介が話し始めたのと同時に、拓郎のキーボードを叩く手が止まる
「昔の俺みたいに、弾き語りをやってた。何だか昔を思い出すようで一曲聞いていったんだ」
「そうか……」
「俺だけじゃないんだなぁって思ったよ。色々なやつが、やっぱり俺みたいに夢を追いかけてたんだなぁって」
孝介は彼の曲を聞きながらそう思った。言ってみれば当然のことなのだが、何故か改めて新鮮なことのように感じてしまっていた
自分だけではない
色んな人間が、自分の夢を持って、それを信じて向かっているのだと気づいた
「でさ、その学生が夢を持ったきっかけが……俺たちの曲なんだって」
その意味を正確に理解した拓郎は「ほう」と声をあげた
「【果てしなき道】って言ってさ。二年前に俺ら確かに作った曲なんだ。それを、モール広場のライブで聞いてくれたらしい」
「よかったじゃないか」
「うん。正直……めちゃくちゃ嬉しかった」
孝介は小さく笑みを作って、ショーウインドウの外を見た。既に真っ暗であるが、街中は明るい。目の前の通りを色々な人が通っている
この中に、どのくらい自分の夢を抱いて生きているのだろうか
「俺たちの曲で……誰かを支えていたんだなって。そんな人がいたんだなぁって……それが分かって、すごく嬉しかったんだ」
自分たちの曲で誰かを支えてあげれるような、そんなミュージシャンになりたい
それが孝介の長年抱き続けていた夢であった
自分たちの曲は世間には認めてもらえなかった。だが、身近にいる人間には自分たちの曲が届いていた。それを知れただけで、何ともいえない……胸の中に再び熱い感覚が蘇っていた
孝介の言葉に耳を傾けていた拓郎は小さくため息をついて、コーヒーカップを手に持った
「孝介」
拓郎に呼ばれて孝介は振り返る。拓郎が孝介に向ける目はとても優しげな目だった
「お前は一つ勘違いをしている」
「え?」
「誰もが夢を諦める必要はないんだ」
拓郎は孝介にそう言うと、立ち上がった。孝介の隣に立ち、同じようにショーウインドウを覗き込む
「大人になれば、お前が考えるように……生活のことや、経済面のこと、社会それにいつか結婚のことも考えるようになって、家庭を持ち、やりたいことを我慢しなければならなくなる」
「うん」
「でもな、我慢することと、諦めることは違うぞ」
「え……」
拓郎はにっと笑みを浮かべた
「お前は俺を見て違う生き方を選ぼうとしている……確かにそれもいい。だが、お前自身どうなんだ?」
「……俺は……」
「本当はまだ、捨てきれてないんじゃないか?」
拓郎の言葉に孝介は胸に熱いものを感じた。拓郎の言うとおりだ。結局どんなに自分に言い聞かせて、自分を殺したって、本当の思いは変わらない
それに気づきつつある自分がある。あの日カズとギターを弾きながら歌を歌った日から……
今日、少年の心に自分の歌が届いていたと分かった日……
いや、もっと前の出来事からだ。自分はまだ、夢を棄てきれずにいるのだ
あのときと同じような気持ちが、自分の胸の中に沸き起こっている
ギターに初めて触れた、あの日の興奮を……もう一度……
「叔父さん……俺っ」
ついに次話……孝介が再び夢を追いかけるために立ち上がる
そのとき、孝介が向かった場所とは……
次の話から、また新たなる展開にご期待ください




