第55話
ビスクちゃんは大変できる子でした。
心の中でずっとビスクドールちゃんと呼んでいたので、ビスクちゃんと命名しました。
アビエルもレオンも微妙な顔をしていましたが、本人は喜んでいるようなので良かったと思います。
「あるじさま、ごはん出来た」
「今日は何?」
「オーク肉の冷製しゃぶしゃぶパスタとレオンの畑のサラダにコンソメスープ」
「楽しみ!」
「絶対、おいしい」
「うんうん!ビスクちゃんが作ってくれるお料理は何でも美味しいよ!」
「…もっと、がんばる」
ビスクちゃんは我が家の救世主でした。
なんと、とてもとても美味しいごはんを作ってくれるのです。
あとお掃除も。
ゲーム的に言うと家事スキルMAXレベルです。素晴らし過ぎる。神様ありがとう。
ビスクちゃんがたまごから産まれた日の領主様の家の庭ダンジョンから、この家の庭に入った瞬間、『ゆぐどらしる!』と叫びながら、精霊樹の木の下に走りだした時はびっくりしたけど、木にぶつかる寸前で、しろもふさんに止められて、首根っこを噛まれてブラブラされてた。
噛んでるの、私の高級マントだったけども。
ビスクちゃんは、精霊樹の木の下で、それはもう幸せそうな顔をして、
『あるじさま…ゆぐどらしるあってうれしい。すごいちから、わく』
と、言ってた。
ビスクちゃんにとって、精霊樹…ユグドラシル?はすごく大事なものらしかった。
良かったね。
私もこの世界に来て初めて人様のお役に立てたかなーという満更でもないいい気持ちになれた。ビスクちゃんありがとう。
アビエルの話では、
「僕の仮説なんだけど、北の森、魔の森って呼ばれてる辺りには、以前は精霊樹があったと思うんだ。
世界から、何らかの原因で精霊樹が消えた時に、精霊もまた存在を薄くされたんだと思う。
実際、聖なる光魔法が使える者の側でしか見かけることがなくなったしね。
精霊樹が消えた理由には、天変地異とか、呪いとか、魔物由来とか諸説あるんだけど、僕は単に、葉の取りすぎだったんじゃないかと思ってる。
循環というものは、それを担うものを少しでも壊すと、全て崩れてしまう恐れがあるんだ。それは、僕たちの『生存』についても例外じゃないってみんなが実感する必要があると思う。
システムの中で、危険視されて『不要』と判断された時、創造神がどう判断されるのか。
本来であれば、そういった危険性を広く知らしめし、良い方向へと導いていく役目を担っているのは創造神を祀っている『教会』なんだと思うんだけどね…」
という事らしい。
よくわからないけど、自然界のバランスが崩れてたけど、ちょっと復活したからみんな元気になってきたってことかな。
その中心が、私が育てた精霊樹っぽいから、しろもふさんとかビスクちゃんが現れた。
あと、環境保護が大事。
うん。私、かなりいいことした。
ビスクちゃんのたまごがあったダンジョンのフロアには、魔物が全くいなかったことを考えると、強い精霊が居る場所は、魔物も苦手ってことなんじゃないかな。
魔物を寄せ付けなくなるなら、子どもや老人が安心して暮らせるようになる。
ああでも、魔物が近くにいなくなると狩に行くのが大変になるな。魔物はこの世界では資源だからね。いなくなればいいってもんでもないのか。バランスって難しい。
精霊樹の泉の周りには、妖精さんがたくさん住んでいて、楽しそうに暮らしている。
因みにしろもふさんは、基本は精霊樹の根元にゴロンと横になって寝ていて、たまに私に撫でられに来たり、自由にしている。
レオンは、念願だった畑で、色んな野菜や果物を植えてスローライフしている。
精霊樹のおかげなのか、土の状態がよく、作物の成長が著しいようだ。
もちろん成果物の品質も良く、ビスクちゃんが毎日腕を奮ってくれるため我が家の食生活は常に豊かだ。
波乱の人生を送ってきたレオンは、聖女様の息子でもなく、貴族でもなく、騎士団長でもないただの奴隷だけど、まったりと毎日を楽しんでいる。
幸せそうだし、聞いたら『幸せだ』って言ってたし、良かった。
女帝の弟なことが発覚したアビエルだけど、実は領主様の弟でもあった。
びっくりだよね。
女帝には、双子のお姉さんがいて、そのお姉さんがこの街の領主様で、時空魔法使いなんだそうだ。
どおりでアビエル、領主様の屋敷?お城?の庭にサクサク入れた訳だよ。
自分ちだったとは。
領主様とはまだ会ったことないけど、そのうち時空魔法教えて欲しいな。やってみたいこと、まだまだある。
「今日は、天気がいいから庭でごはん食べよ」
家の庭はいわゆるパワースポットというやつだ。
ただでさえ緑豊かな庭なのに、存在自体が癒しな精霊樹が、どーんと植えられてるし。
ここに精霊樹があるってバレると、世界が動くレベルらしいので今のところ秘密にするため、我が家の敷地全体に、アビエルが結界を張って、精気を漏らさないようにしている。
なので、外から家の敷地に入ると、マイナスイオンがハンパない。
もちろん外でも問題なく生きてゆけるんだけど、この癒し空間を一度でも知ると手放せなくなる。ヤバイね。
レオンの話だと、弱い魔物なら、敷地に入った瞬間に消滅するくらいらしい。こわ。
あとね、精霊樹は、まるで意思があるかのように、不自然に枝を伸ばして、私たちが住んでる家の庭に、ちょうど良い木陰を作ってくれた。
それはもう物理法則ガン無視な形で。
ありがたいので、精霊樹だしそんなもんだよね、と思うことにして、木陰ライフを楽しんでいる。
これがまた、精霊樹の木陰って素晴らしく心地良いんですよ。
私とビスクちゃんとで、テーブルにクロスを掛けて、料理を並べていると、アクビをしながらアビエルが家から出てくる。
「わあ、今日も美味しそうだね」
「うんうん!アビエルはお水入れるグラス持ってきてー」
「はーい」
「あとパンもー」
「はいはーい」
ベランダの大きな窓は、ここから出入りしやすいように改造した。
ついでにリビングも、天窓を作ったりして中庭の続きっぽいインテリアにした。素敵。
「トマトを収穫してきた」
レオンが裏の畑から、真っ赤に熟したもぎたてトマトを持ってきてくれた。
赤く熟してから、もいだトマトは、まるで果物のように甘い。
「わーい!オリーブオイルかけてモッツァレラチーズと一緒に食べよう!」
ちょっとだけ氷魔法で冷やしトマトにしてもいいね!
ちなみにチーズはこの世界にも存在していました。
「あるじさま、パスタはすぐに食べないとアルデンテが過ぎてしまう」
ビスクちゃんに注意された。
これは早く食べねば。
「アビエルはやくー」
ちょうどパンの入ったカゴと、グラスを持って家から出てくるアビエルをせかす。
「うん、オリーブオイルも持ってきたよ」
「ありがとー!」
精霊樹が作る木陰の下のテーブルに、私と、レオンと、アビエルが座る。
ビスクちゃんは精霊なので、ごはんは食べないけれど、給仕のために側にいてくれる。
魔法があったり、精霊がいたりする不思議な世界で、前に住んでたところとは、比べ物にならないくらい住民は少ないけれど、私はここでは孤独ではない。
向こうには、親や兄弟もいたけれど、特に用事がなければ話すこともなかった。
ブラックな会社で、頑張って働いて、同僚と愚痴を言い合ったりもした。
学校時代の友人も、比較的数多くいて、たまに飲みに行ったりしていた。まあ、最近はみんな結婚して子育てが忙しいようで、会うこともなくなってはきたけれども。
会えなかったからといって、どうということもなかった。
恋人もいたことがあったけれど、付き合う面倒臭さと天秤にかければ、一人でいる方がマシだなという結論に、いつもなった。
一人でも生きていけるな、と思ってた。
実際、一人でも生きていけただろう。
ひとりの時より、今の方がずっと楽しいのは事実。この家族たちをこれからも手放す気は、ない。守りたいと思う。
でも、前の世界に戻ることがあったとしたら、やはり一人で生きていくような気がする。
別に前の世界が悪いとか、そういうことではない。
治安も良いし、この世界よりずっと便利だし、楽に生活できてた。
それでも、戻りたいと思うことはないと思う。
この世界が好き。
これからも、ずっとここで生きていきたい。
おわり・:*+.\(( °ω° ))/.:+
完結出来ました!
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
またいつかどこかで!




