第20話
「安全性をとるなら、この前のトロルのあたりで、トロル狩りだね。効率は良くないけど、複数で襲われる危険性が低い」
冒険者ギルドの資料室。
銀貨1枚で入ることの出来るこの部屋には、この辺境の町周辺のモンスターの分布図がある。
モンスターごとの弱点などの特徴や、討伐部位、採集すべき部位などが載っている図鑑から、この町の歴史の本などの図書も揃っているのだが、ここで他の冒険者と出くわしたことはない。
小さなテーブルと椅子が4脚あるだけの狭い部屋だ。
「トロルやオーガの上位種となると、街道の南の森の奥辺りだろうな」
「最初に会った時に、少しだけ入ったとこかな?」
「そうだ。あの辺りはゴブリンや、ワイルドファングもいるから退屈にはならないだろう」
「たくさん倒しても、討伐部位とか素材とか全部持って帰れないから、却ってストレスになるんだよなー」
「荷車でも借りて行くか?」
「荷車持って森には入れないよね?」
「ある程度までなら入れるだろうが、戦闘時には邪魔になるだろうな」
「それもストレスになりそう」
「ならば、この前の場所にしておくか」
「そだね。色々試してみたいこともあるしね」
「ならば、明日の準備がてら、トロル討伐の依頼があれば受けていこうか」
「うん」
明日の朝、早く出発するつもりなので、出来れば今日のうちに、期限が長めの依頼を受けておきたい。
定宿にしている『森のこりす亭』は、商業ギルド寄りの場所にあるので町の門からは、遠回りになるのだ。
「冒険者ギルドの近くの家だと便利なのかな?」
「そうだな。治安は商業ギルド付近の方が良いような気もするが」
掲示板に貼ってある依頼を眺めながら、何気なく朝から話していた住宅の話の続きをしていると、
「家をお探しですか?」
突然会話に割り込んでくる声があった。
声がした方を振り向くと、いつもの受付カウンターの美人系お姉さんだった。
「冒険者なら、冒険者ギルドの近くにお住まいになるのが便利ですよ?冒険者に必要な品が置いてある店も多いですし。こちらで管理している物件もありますし、何軒かご紹介出来ますよ」
突然話しかけられたのはびっくりしたが、ついでに色々聞いておくことにする。きっとこれも営業活動なのかもしれない。
「長期滞在の他の冒険者さん達は、どこに住んでいるんです?」
「そうですね。お二人のように、ずっと宿屋に宿泊されてらっしゃる方が多いですね。特に少人数のパーティを組まれている方たちなどは」
「やっぱりそうなのかぁ」
「ただし、『森のこりす亭』のような、しっかりしている宿ではなくて、全員大部屋に雑魚寝が基本の安宿の場合が多いですね。
ちなみに、そのようなタイプの宿だと、一泊二食付きで、銀貨1枚以下です」
「やっす!」
「寝具も毛布1枚のみですし、場所は早い者勝ち。食事といっても、お腹が膨れれば良いという程度ですけどね」
「無理かも」
「宿泊客の殆どが男性冒険者ですから、男臭い臭いでむせ返るそうです」
「絶対無理」
「あと、女性が含まれたり、人数の多いパーティは、大きめの家を借りてらっしゃる方たちが多いですね」
シェアハウスか。
「正門の近くは家賃も安めなので、宿に宿泊するより断然お得です」
「門の近く…」
有事の際の壁になるのか。
「町の北方面は、辺境伯のお城を始めとした富裕層のお屋敷があって、いきなり冒険者が借りることが出来るような貸家はありません」
「町の北の方は行ったことないね」
「用がないからな」
「お二人もこのまま活躍したら、辺境伯からお声がかかるかもしれませんよ!」
受付のお姉さんは、なぜかテンションを上げて宣言する。
「面倒くさいから遠慮しとく」
いつの世も、権力を持っているような人と知り合うと碌なことがない。
「そうだな。なるべくそういった方面の話は断ってくれ」
レオンも嫌そうにしている。
今まで散々、権力者に弄ばれて人生めちゃくちゃにされたようなものだもね。
流されて戦争に参加したら、奴隷になって死んでたかもしれない運命とか、ほんと過酷。気をつけようね。
「貴族の後ろ盾が貰える可能性があるんですよ?」
拒否されるとは思っていなかったのか、受付のお姉さんは信じられないものでも見たかのように目を丸くしている。
「後ろ盾が必要な事態にならないように、ひっそりと生きていくので」
「よくわかりませんが、もし辺境伯様の招集があれば、ギルドはお断り出来ませんからね?」
「冒険者ギルドって、冒険的で自由な組織じゃないんだ」
一般的なラノベ設定と違う。
「冒険者ギルドは、基本的には依頼者からの依頼料で、冒険者の報酬を支払っていますが、土地や建物は領主様から用意されたものを使用していますし、運営費として、かなりの額を補助していただいているので」
受付のお姉さんは、頭の悪い生徒に言い聞かせるように、この町における冒険者ギルドの位置について語る。
たしかに、考えてみたら、他国との物流や情報のネットワークの構築を、国から完全に独立して行うなんて、その国の王様が許さないよねきっと。
「面倒なことになるなら、町を出て行けば良いだけだ。そこまで考え込む必要はない」
レオンが、情報過多でもやもやしてきた空気をシンプルに一刀両断する。
「そだね。それじゃお姉さん、このトロル討伐の依頼をお願いしますね」
雰囲気の怪しくなってきた会話を切り上げ、とっとと帰ることにする。
本当はもっと情報だけ欲しいんだけど、その為に面倒ごとに巻き込まれるのはマイナスだ。
冒険者ギルドとは、適度な距離を持っていたい。ハイリスクな依頼を、情に訴えて受けさせられたあげく、こっちの命をすり減らすみたいなテンプレ展開は、絶対ナシだ。
嫌なことは嫌と、キッパリ伝えなければ、ここでは生きていけない。




