第九十九訓 友人はイベントに誘いましょう
「……ところで、本郷氏」
と、一文字が興味深そうに目を輝かせながら、俺の方に顔を寄せてきた。
突然近付いてきた一文字から、咄嗟に身を傾けて距離を取った俺は、警戒心をマシマシにしながら、恐る恐る答える。
「な……なんだよ?」
「日曜日は、どこで待ち合わせすればいいのかな?」
「……はい?」
一文字が、その小さな目を限界まで見開きながら口にした唐突な質問の意味が解らず、俺は怪訝な顔をして首を傾げた。
そんな、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる俺の反応などお構いなしな様子で、一文字は言葉を継ぐ。
「あと、どこに集まるのかも決めておかないとね。現地集合したくても、ボクは君の実家の住所も知らないしさ……。駅で集まるようにしてもいいけれど、ボクは人混みの中に長時間居ると頭痛がしちゃうタチだから、駅ってヤツがどうも苦手なんだよねぇ」
「え? ちょ? な、何の話をして……」
「まあ、大学に集まるというのが無難かつ確実かな? ……あ、君のアパートに集合でも、ボクは一向に構わないよ」
「い、いや、だから、何を言って……」
「うん、そうだね。それがいい。じゃ、じゃあ、早速君のアパートの住所を教えてくれたまえ! すぐにスマホに入力して保護設定をかけておくからッ!」
「だっ、だーかーらーッ!」
俺は、目を血走らせた一文字が押し付けてきたスマホを腕で振り払いながら叫んだ。
「さっきから何を言ってんだよっ? 日曜日に集まるとか待ち合わせとか……」
「え? そりゃあ――」
俺の言葉に、一文字はキョトンとした顔をしながら、さも当然そうに答える。
「ボクもいっしょに行くからに決まってるじゃないか。キミのお誕生日会にね」
「はあああああ~っ?」
一文字の答えを聞いた俺は、思わず口をあんぐりと開けた。
そして、首が千切れ飛ばんばかりに激しく左右に振りながら声を荒げる。
「な……何で、お前が俺の誕生日会に参加する事になってんだよッ? い、いつ、そんな話になったんだよッ?」
「デュッフッフッフッ」
一文字は、まるで女騎士を捕らえたゴブリンのような顔をしながら、気味の悪い笑い声を上げた。
そして、なぜか誇らしげに胸を張りながら、堂々とした態度で答える。
「そりゃ、一番の親友のお誕生日会に参加するのは、わざわざ言うまでもない、至極当然の話じゃあないか」
「いや……言うほど『至極当然』じゃねえぞ、友達の誕生日会に出席するなんて事。……つうか、そもそも俺とお前は別に親友でも何でもないって、さっきから言ってんだろうが」
「おやおや……まだそう言い張るのかい? まったく、素直じゃない照れ屋さんだな、キミは」
そう一文字は言うと、にたぁりという粘ついたような音が聞こえてきそうな笑みを浮かべながら、まるで三文芝居での大根役者の演技みたいなジェスチャーで肩を竦めてみせる。
思わず、『なんだその仕草と笑顔。めちゃくちゃムカつく』という罵声が口から飛び出しそうになるのをすんでのところで堪えながら、俺は努めて冷ややかに言った。
「……何とでも言え。どちらにしても、お前を俺の実家に連れて行くつもりは無い。諦めろ」
「頑なだなぁ」
俺の断固とした拒絶を前に、一文字は不満げに頬を膨らませる。小学生の子どもが良くやるアレだが、まだあどけないキッズや綺麗な女子学生がするのとは違って、すっかり育ち上がった大学二年生男子が同じ顔をしても、可愛げの欠片も無い。
ましてや、一文字である。
眉を顰めながら、脂肪が乗った頬っぺたを限界まで膨張させる様は、まさに泥田の中で鳴くガマガエルそのもの……。
「……」
俺は気まずくなって、ジト目で抗議の眼差しを送ってくる一文字から目を逸らし、冷え切ったトンカツを箸で一切れ摘み上げた。
そして、軽く二・三回振って、カツから垂れ落ちるソースを切って、口へと運ぶ。
その時、
「……そんなに、ボクの事を避けるのかい?」
「う……?」
横から聞こえてきた沈んだ声に、俺はカツを咥えたまま、視線を横に向けた。
見ると、暗い顔をした一文字が、皿に盛られたカレーにスプーンで“の”の字を書きながら、ブツブツと呟いている。
「そーかそーか。つまりキミはそんな奴なんだな」
「あ、いや……」
「これでも、ボクは随分とキミの相談に乗ってあげたと思ってたんだけどね。スマホの設定を手伝ってあげたり、キミの家に出るっているGについて、的確なアドバイスをしてあげたり……さ」
「……」
「そんなボクに対して、キミはお誕生日会への招待もしてくれないのかい。あーあ、がっかりだなぁ~」
「う……んがぐぐ……」
すっかりいじけてしまった一文字が吐くエーミール構文に痛いところを衝かれた俺は、充分に噛まずに飲み込んだカツを喉に詰まらせ、慌てて水を飲み干した。
(……まあ、確かにこいつには、色々と世話になっている事は確かだからな)
そう考え直した俺は、やれやれと溜息を吐くと、しぶしぶ頷いた。
「あー、分かったよ。そんなに来たいなら来ればいいよ」
「ッ! 本当かいっ?」
俺の言葉を聞いた途端、顔を輝かせる一文字。
そんな彼の希望と期待に満ちた表情を見た俺は、慌てて保険をかける。
「って! 今のうちに言っておくけど、そんなに期待するなよ! ウチの誕生日会は、そんなに期待されるほど豪華じゃねえぞ! 本当に身内だけでしめやかに行う感じだから。いいな!」
「『しめやかに』は、お通夜とかお葬式の時に使う言葉だよ、本郷氏」
「あ……」
「まあ、そんな事はいいさ」
冷静にツッコまれて絶句する俺の肩をポンと叩いた一文字は、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「日曜日……楽しみにしているよ。デュッフッフッフ……」
そう言って、奇妙な笑い声を上げる一文字。
……本人的には普通の笑顔のつもりなのかもしれないが、その顔は某カードゲームの有名な魔法カード『貪欲な壺』を彷彿とさせる……いや、むしろそのものだった――。




