第八十九訓 言いにくい時はうまく誤魔化しましょう
『ご来店の皆さん、おはようございます。気持ちのいい朝、いかがお過ごしでしょうか? まだ寝ボケ眼の方もいらっしゃるのではないでしょうか? そんなあなたに、スカッと目の覚めるナンバーをお届けいたします。まず最初の曲は、話題のテレビドラマ「101回目のフルコース」の主題歌――』
天井のスピーカーから流れてくるラジオ番組風の店内放送を聴きながら、イートインスペースで俺と立花さんはアイスを食べていた。
食べる事に集中しているのか、立花さんはこちらに話しかけて来ない。
かといって、俺の方から話しかけるのも躊躇われた。
あいにくと、陰キャの俺は、女の子が喜ぶような話のネタなんか持ってないし、自分から話しかける甲斐性も無い。そんなモンがあったら、もうちょっと明るいキャンパスライフを過ごせているはずだ。
その為、今の俺と立花さんの間には、微妙に重苦しい空気が漂っていた。
「……」
何となく気まずい思いをしながらビッグチョコモナカを食べ終わった俺は、さっき貰ったパピポを手に取る。
と、その時、
「そういえばさ……」
俺よりも少し遅れてモナカを食べ切った立花さんが、思い出したように口を開いた。
「ん? なに?」
パピポの先端を捩じ切っていた俺は、沈黙が破られた事に心中秘かに安堵しつつ訊き返す。
「あのさ……」
すると、彼女は少し躊躇するように目線を落としながら、おずおずと言葉を継いだ。
「あの銭湯でさ……ホダカとどんな話をしたの?」
「へ?」
俺は、話すのを秘かに避けていた話題を唐突に持ち出された事にドキリとして、開けたパピポの先端を口に運ぼうとしたところで手を止める。
だが、立花さんは、そんな俺の動揺には気付いていない様子で、興味津々といった顔で俺の事を見た。
「ほら……お風呂に入ったら、色々とお話をするもんじゃん? ちょっと気になってさ……ホダカが何を話したのか……」
「え……えっと……」
立花さんの問いかけに、俺は返す言葉に詰まる。
……確かに、話はした。したけど……彼女にはとても話せない。
『俺がミクの事を好きな事がバレた』――なんて。
「い……いや、特には……。とりとめのない会話を少し交わしただけで……」
俺は、窓の外を見るフリをして彼女から目を逸らしながら、歯切れの悪い答えを返す。
「ほ、ほら……俺ってコミュ障だからさ。良く知らない人とはうまく話せないんだよ。藤岡さんとも、まだ会って二回目だしさ……」
「あ、なるほどね……」
立花さんは意外にも、言い訳めいた俺の言葉をあっさりと信じたようだった。
「いかにもコミュ障って感じだもんねぇ、ソータって」
「いや……確かに自分で『コミュ障』って言ったけどさ……。そこはちょっと否定というか、『そうでもなくない?』ってフォローしてほしいところなんですけど……」
「なに? 違うの?」
「…………違わないっす」
「ぷふっ!」
立花さんは、憮然としながらもしぶしぶ頷いた俺の顔を見て噴き出したが、ふと訝しげに首を傾げた。
「……でも、あたしと喋る時は、初めからわりかし普通じゃなかった?」
「いや、それは……」
立花さんの問いかけに、俺は口の端を引き攣らせながら答える。
「初対面の時から、君が積極的に俺に話しかけてきたからだと思うよ……」
「え? そうでもなく……もないか」
俺の言葉を一度は否定しようとした立花さんだったが、すぐに考え直した様子で言った。
「そういえば……最初に話し始めるのって、あたしからの事の方が多いような気がするね」
「でしょ?」
立花さんの言葉に、俺は苦笑しながら頷く。
「コミュ障って、話題を振られたらそれなりに喋れても、自分から話題を提供するのはめちゃくちゃ苦手なモンなんだよ」
「そういうものなのかぁ……」
俺の説明を聞いた立花さんは、納得顔でしきりに首を縦に振った。
「ホダカは陰キャなんかじゃ全然無いけど、そこまで話し上手って訳でもないからね……。自分から話題を出す事ってあんまり無いから、確かにソータとじゃ会話が途絶えちゃうっていうのはあるのかも……」
「そうなんだ……」
藤岡が『あまり自分から話題を出す事が無い』というのは意外だった。
――じゃあ、あの時めちゃくちゃ俺に話しかけてきた藤岡は、結構頑張って俺に気を使ってくれていたのかもしれない……。
「……どうしたの?」
「あ……い、いや、別に。何でもない」
あの時、彼に対してそっけない態度を取っていた事に少しだけ罪悪感を感じていた俺は、キョトンとした顔で訊いてきた立花さんに気付くと、慌てて首を横に振る。
そんな俺の態度に、彼女は怪訝そうに首を傾げたが、ふと表情を引き締めると、「あのさ……」と、躊躇いがちに口を開いた。
「ホダカ……何か言ってなかった? あ……あたしの事……とか」
「え……?」
立花さんの問いかけに、俺は内心ドキリとする。
そして、銭湯の湯船の中で藤岡と交わしたやり取りを思い出した。
『その……藤岡さんにとって、立花さんはどんな――』
……そうだった。
俺は、藤岡にそう訊きかけたんだった。
そして……彼の答えを聞く前に湯船を出た。
――まるで、逃げ出すように。
「……いいや」
俺は、胸がちくりと痛むのを感じながら、ぎこちなく首を横に振った。
そして、少し明るくなり始めた窓の外に目を向けながら、努めて平静を装った声で答える。
「さっきも言ったけど……俺と藤岡さんはほとんど話さなかったから……君の事は、特に何も……」
「そっか」
俺の答えを聞いた立花さんが零した短い返事、その中に、微かに落胆の色が混じっているのが分かった。
だが、すぐに気を取り直すように息を吸った音が聞こえ、その直後に、俺は自分の脇腹に軽い衝撃が当たったのを感じた。
「まったく、使えないなぁ、ソータは」
「う……スンマセン」
俺は、軽く小突かれた脇腹をさすりながら、呆れ顔をしている立花さんに謝る。
そんな俺に苦笑を向けながら、彼女は言葉を継いだ。
「今度はちゃんとホダカから聞き出しておいてよ。ついでに、あたしの事をさりげなくプッシュしといてね。分かった?」
「うん……」
念を押す立花さんの言葉に、俺もぎこちない笑みを浮かべながら小さく頷く。
「分かった。次は、ちゃんと訊いてみるよ、うん」
俺はそう答えると、さっきから握りしめたままだったパピポを口に運んだ。
――中のアイスはすっかり溶けて、ただ不味いだけだった。




