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第八十七訓 コンビニでトイレを借りたら買い物もしましょう

 「ふぅ……お待たせ」


 濡れた手をハンドタオルで拭きながら、コンビニ奥の扉を開けて出て来た立花さんが、どことなくスッキリした顔をしながら俺に言った。

 その声を耳にした俺は、暇つぶしで立ち読みしていた週刊誌をラックに戻しながら、近づいてくる彼女に頷いた。


「お疲れ……」

「デリカシーって言葉を知らんのか、このムッツリスケベ」

「は……? な、なんでそうなるんだよ! 俺は、『お待たせ』って言われたから、普通に『お疲れ』って返しただけじゃん!」


 理不尽な罵倒を受けた俺は、思わずムッとして言い返した。……まあ、『お疲れ』って言葉のチョイスが、この場合に適切なのかはアレだけど……。


「じゃあ……今の『お待たせ』に、どう返せば良かったんだよ?」

「そんなの……返す必要なんて無いに決まってるでしょ。そのまま何も言わないで頷いて流すのが、普通の対応だよ」


 俺の問いかけに対して、事もなげな顔をして答えた立花さんは、はぁ~と大きく息を吐きながら、俺の顔をジト目で睨んだ。


「まったく……これだから、ロクに他人と関わり合いにならない陰キャのムッツリスケベは……」

「ちょ、ちょっと待てえい!」


 立花さんの辛辣な言葉に、俺は憤然として言い返す。


「た……確かに、俺はまごう事無き陰キャだけどさぁ! ムッツリスケベではないぞ!」

「あ、陰キャは否定しないんだ……」

「う……と、とにかくっ!」


 俺は、立花さんが上げる呆れ声をスルーし、誤魔化すように更に声を張り上げた。


「俺はムッツリスケベでは断じて無いッ! それは、他ならぬ君自身が確認しているはずだろ?」

「は? どういう意味?」


 訝しげな顔をする立花さん。そんな彼女の事を指さしながら、俺は堂々と言う。


「だって……夕方、君たちが俺の家に上がった時に、ベッドの下とかさんざん家探ししてたじゃん、君。『(エロ本)探し』とか言ってさ。でも、結局なんにも出てこなかっただろ?」

「まあ……確かにそうだったね」


 俺の言葉に、立花さんが不承不承といった様子で頷いた。

 それを見た俺は、更に勢いづき、ドヤ顔で胸を張ってみせる。


「だろ? それこそが、俺がムッツリスケベなんかじゃない何よりの証拠――」

「別に、エッチな本だけじゃないでしょ?」


 勝ち誇る俺に白けた目を向けながら、立花さんは言葉を継いだ。


「たとえば――パソコンでエッチな動画サイトを見たり、とかさ」

「うっ――!」

「……図星(ビンゴ)かい」


 俺の反応で答えを察した立花さんが、軽蔑に満ちた目を向けてくる。


「このムッツリスケベが」

「……そ、そそ、そんな事よりッ!」


 立花さんの冷たい視線に耐えかねた俺は、慌てて目を逸らした。


「あ、あんまり店の中で騒ぐのは良くないよ! よ、用が済んだんなら、もう帰ろうぜ!」


 そう、誤魔化すように声を張り上げながら、足早に出口に向かおうとした俺だったが、


「あ。ちょっと待って」


 という声と共に、着ていたTシャツの袖を引っ張られる。


「な、何だよ? もう、ここに用事は無いだろう?」

「ダメ! トイレだけ借りて、何も買わないで帰るなんて!」

「あぁ……」


 立花さんの言葉に、俺はハッとした。

 確かに、トイレを借りたのなら、せめて何か買って売り上げに貢献するのが、せめてもの礼儀だろう。

 っていうか、さっきから、店員さんが品出ししながらチラチラとこっちの方を見てるし……。ここは何か買っとかないと、今後ここを利用する時に気まずくなるやつだ――俺が。

 俺は頷くと、店内を見回した。


「じゃあ……何を買う? 週刊誌は……日曜日だから出てないしなぁ」

「アイスがいい!」


 俺の問いかけに元気よく答えた立花さんは、迷いない足取りで店内のガラスケースのところまで駆け寄った。

 そして、ガラスケースの引き戸を開けると、惑いなく手を突っ込む。


「あたしはコレにするー!」


 と、弾んだ声を上げながら彼女がガラスケースから取り出したのは、二つ繋がりになったチューブ型のアイスの写真が印刷されたパッケージだった。


「パピポか……。じゃあ、俺は――」

「はい、アンタはコレね!」

「いや、俺に選択の自由はぁッ?」


 自分の分のアイスを選ぶ前に立花さんに選ばれてしまった俺は、思わず抗議の声を上げる。が、弁当の陳列をしていた店員さんにジロリと睨まれて、慌てて口を噤む。

 そして、立花さんが押し付けるように差し出してきたビッグチョコモナカをしぶしぶ受け取った。


「俺はガジガジくんのソーダ味が良かったのに……」

「はいはい、文句言わない!」


 愚痴る俺にそう言って、颯爽とレジに向かった立花さんは、ニシシと笑いながら言葉を継ぐ。


「ついてきたお礼に、コレはあたしがオゴってあげるからさ!」

「はいはい……ありがとうございます」


 俺は、ショーケースの中にある水色のパッケージに名残惜しげな目を向けてから、諦め声で答えながら彼女の後に続いた。


「らっさっせ~」

「お願いしまーす」

「……あ、これも」


 陳列作業から戻ってきて、多分「いらっしゃいませ」と言ったらしい若い店員さんにアイスを差し出す立花さんと俺。

 店員さんは気だるげにパッケージのバーコードをスキャンし、レジの液晶画面に表示された金額を指し示した。


「え~と……二点で306円っす」

「あ、はーい」


 店員さんの声に上機嫌な声で答えた立花さんだったが……。


「……」


 穿いていた短パンのポケットに手を当てた途端、まるで時間停止系のス〇ンド攻撃を受けたかのようにピタリと動きを止める。

 そして、今度は素早く手を動かして、全身をまさぐった後――彼女はバツの悪い顔をしながら、俺の方に振り返った。

 ……あ。

 これは、もしかして……。


「……ごめん、ソータ」

「……」

「財布忘れてきちゃった……。お金貸して……」


 ……やっぱりね。

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