表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/378

第八十一訓 他人からの賛辞は素直に受け取りましょう

 「や……優しい……? 俺が?」


 藤岡の言葉を聞いた俺は、思わず面喰いながら訊き返した。

 そんな俺に、彼はハッキリと頷く。


「うん」

「い、いや……そんな事無いっすよ……」


 即座に藤岡が肯定した事に戸惑いながら、俺は首を横に振る。

 だが、藤岡は柔らかな微笑みを浮かべながら、もう一度首を縦に振った。


「いや、自分では気が付いてないのかもしれないけれど、君は優しいよ。とてもね」

「……なんで、そんなにはっきりと言い切れるんですか?」


 何故かムッときて、俺は眉根に皺を寄せる。

 そして、藤岡に向けて懐疑的な目を向けた。


「つうか……ぶっちゃけ、俺と藤岡さんは、まだ知り合って全然時間が経ってないっすよね? それなのに、さも俺の事が良く解ってるような言い方をされても、適当に慰められてるように感じて――」


 俺は、『正直、いい気持ちはしないです』と続けようとしたが、さすがに角が立つと思い直し、途中で口を噤む。

 それに対して、藤岡は「違うよ」と首を横に振ると、俺の顔を真っ直ぐに見つめながら言葉を続けた。


「別に僕は、適当に慰めようとして、君の事を『優しい』なんて言った訳じゃないよ。本当にそう思ったからさ、心からね」

「……だから、それはなんで――」

「ほら、みんなで水族館に行った時さ」


 俺の問いかけを遮るように、藤岡は話を続ける。


「君は、なかなかふたりきりになれない僕たちの為に、ルリの事を引き受けてくれたじゃないか」

「あぁ……」


 藤岡の言葉に、俺は先週の事を思い出した。

 確かに彼の言う通りだ。

 だけど、それは――、


「……別にそれは、優しいとかじゃないっすよ。単に……あの時のミクが、藤岡さんと一緒に居れなくて寂しそうだったから、何とかアイツに笑顔になってほしくて……それで――」

「でも、君は未来ちゃんの事が好きなんだろ?」

「……はい」

「それなのに、君は自分の気持ちよりも未来ちゃんの笑顔の方を優先して、自分にとっての恋敵に塩を贈るような真似をした訳だ」


 そう言うと、藤岡はニコリと微笑み、優しい声で続ける。


「それは、よっぽど心が優しい人じゃないと出来ない事だと思うけどね。……正直、僕が君と同じ立場だったら、同じように出来る気がしないよ」

「……」


 俺は、複雑な気持ちで黙り込んだ。

 そんな俺を前に、藤岡は「それに――」と言葉を続ける。


「今日もだよ。――本郷くんは、ルリの作ったあのハンバーグを、残さず食べてくれたじゃないか」

「……へ?」


 藤岡の言葉に、思わず俺はキョトンとした。

 そんな俺の当惑をよそに、藤岡は苦笑を浮かべ、ぶるりと身を震わせる。


「正直……あのハンバーグは、ちょっと食べるのはきつかったよね。もちろん、ルリが一生懸命作ってくれたのは分かるんだけど……」

「ま……まあ、そっすね……」


 藤岡の言葉に、あのハンバーグの強烈な味を思い出してしまった俺は、慌てて口を押さえながらぎこちなく頷く。

 そんな俺を見た藤岡は、同情混じりの苦笑を浮かべながら言葉を継ぐ。


「そんなハンバーグを、君は全部食べてくれたじゃないか。食べられなかった僕の代わりに……いや、()()()()()()()()()()()()()、ね。それこそ、よっぽど優しくなければ出来ない事だよ」

「い……いや、あれは……!」


 俺は、藤岡の言葉に対し、慌てて首を横に振った。


「あれは別に、立花さんを悲しませないようにって訳じゃなくて、その……せ、せっかくわざわざ作ったハンバーグを捨てちゃうのがもったいないなぁって思っただけで……」

「そうかなぁ……?」


 藤岡は、俺の弁解を聞きながら、訝しげに首を傾げる。


「確かに、食材がもったいないって思う気持ちは分からないでもないけどね。それでも、少なくとも、僕には無理だったよ。まあ……あれが、ルリじゃなくて未来ちゃんが作ってくれたハンバーグだとしたら、また違うのかもしれないけどね」

「……」


 苦笑している藤岡にどう返せばいいのか分からず、俺は複雑な思いを抱きながら黙っていた。

 ――ふと、


『ミクさんの料理を物足りなく感じてたところで、あたしがたっぷり愛情を込めて作った一番の大好物を出せば、ホダカの気持ちはグッとこっちに傾くはずだよ! うん、これで勝つる!』


 俺の頭の中に、スーパーで意気込んでいた立花さんの言葉が蘇る。

 そして、真剣な表情で台所に向かい、不慣れな手つきで、それでも懸命に()()()()()料理を作っていた彼女の顔が――。

 期待で目を輝かせながら、自分が作ったハンバーグを藤岡に薦める立花さんの笑顔が――。


「……藤岡さん」


 俺は、目の前で揺蕩う湯面をぼんやりと見つめたまま、低い声で藤岡に声をかけた。

 そして、「何だい?」と訊き返してきた彼に向かって、静かに口を開く。


「その……藤岡さんにとって、立花さんはどんな――」


 ……そこまで言いかけたところで、俺の舌は止まった。


「……ルリ?」


 急に話を止めた俺に、藤岡が怪訝な声で訊ねる。


「僕にとってルリが……何だい?」

「……あ、いえ!」


 問いかける藤岡に、俺は慌ててかぶりを振った。


「や、やっぱり何でもないっす! き……気にしないで下さい!」


 そう言うと、俺は急いで立ち上がり、手早く手拭いを腰に巻きつける。

 そして、ぎこちない笑みを藤岡に向けた。


「お……俺、先に上がりますね! 何だか、ちょっとのぼせちゃったみたいっす。――じゃっ!」


 そう告げた俺は、藤岡の返事を聞く事も無く、くるりと振り返って湯船を出ると、逃げるように脱衣所へと向かう。


 ――なんでか分からないけど、無性に胸がざわつくのを感じながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ