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第八十訓 本気には本気で応えましょう

 「……ふぇっ?」


 藤岡からの問いかけを耳にした俺だったが、その内容を理解するまでに一拍を要し、内容を脳内で咀嚼して理解した瞬間、口から驚愕と狼狽と焦燥がブレンドされたしゃっくりみたいな声が漏れた。

 左胸の奥が、やにわに早鐘のような音を鳴らし始める。


(え……? な、なんでいきなり……? お、俺がミクを好きな事がバレてた? い、いつから……? っていうか、どうして……?)


 まるでウィルス感染したパソコンの液晶画面に無数のウィンドウが表示されるかのように、無数の疑問が連鎖しながら次々と俺の頭の中に浮かび上がり、元々多くない俺の脳内作業領域(メモリ)をみるみる侵食していく……。


「……本郷くん?」

「ふぁっ? あ……アッハイ!」


 怪訝な響きを帯びた藤岡の声に、すっかりフリーズしていた俺は我に返り、素っ頓狂な声で返事した。

 そのただならぬ声を耳にして、周りの入浴客が驚いた顔で一斉に俺の方を見る。


「あ……す、スンマセン……」


 俺は首を竦めながら、視線を向けてきた客たちにペコペコと謝った。

 そして、藤岡の方とは逆の方向に視線を向けながら、小声で言う。


「な……なんすか、いきなり。お……俺が、その……」

「で……どうなんだい?」

「……ッ!」


 重ねて藤岡に問いかけられて、俺は再び体をビクリとさせた。


「君は……未来ちゃんの事が好きなのかい? 幼馴染ではなく……ひとりの女性として……」

「……」


 藤岡の言葉は落ち着いていたが、その声には真剣な響きが籠っている。

 そんな彼の声を聞いた瞬間、俺は悟った。

 ――藤岡は、本気で俺に尋ねている。


「……」


 俺は顔を強張らせたまま、目を落とした。

 湯面に映る自分の顔をぼんやりと見つめながら、彼の問いかけにどう答えるべきか考える。


 曖昧にはぐらかすか、

 キッパリと否定する(嘘を吐く)か、

 無言を貫くか、

 それとも――。

 

 ……結論は、案外と早く出た。


「……」


 腹を決めた俺は、黙ったまま顔を上げると、ゆっくりと傍らの藤岡の方に顔を向ける。

 そして、心を落ち着かせようと小さく息を吸い、それから一拍おいてから、藤岡の目を見つめたまま大きく頷いた。


「……はい」

「…………そうか」


 俺の目を見返していた藤岡が静かに頷き返すまで、二拍ほどの間があった。

 俺たちの間に、再び沈黙が訪れる。

 気まずくなった俺は、もう一度頭を下げた。


「……すみません」

「……え? どうして謝るんだい?」


 唐突な俺の謝罪の言葉に、藤岡は驚いた顔で訊き返す。

 そんな彼の反応に、俺は逆に戸惑いながら、恐る恐る答えた。


「いや……だって、ミクは藤岡さんの彼女なのに、好きになっちゃって……」

「ははは。それは違うよ」


 俺の答えを聞いた藤岡は、苦笑を漏らしながら首を横に振る。

 そして、穏やかな表情で俺の顔を見ながら言葉を継いだ。


「だって君は、僕が未来ちゃんと出会うよりもずっと前から彼女と知り合いで……ずっと前から好きだったんだろ?」

「……はい」

「それならむしろ、謝らなくちゃいけないのは僕の方じゃないか。ずっと後から現れた僕が、君から未来ちゃんを勝手にかっ攫っていっちゃったんだから」

「……いえ。藤岡さんが謝る事じゃないです」


 俺は、胸がズキリと痛むのを感じながら、小さくかぶりを振った。

 そして、自嘲げに口の端を歪めながら、微かに揺れる声で言葉を継ぐ。


「悪いのは、いつまでもモタモタして、アイツにちゃんと想いを告げられなかった俺ですから……」

「……いつから好きだったんだい、未来ちゃんの事を?」

「……正直、よく覚えてないっすね」


 俺は、藤岡の問いにそう答え、両手でお湯を掬って顔にかけてから先を続けた。


「でも……中学の頃から意識してたと思います。ガキだったから、それが恋だと分からなかっただけで……。でも、自分の気持ちを自覚しても、『後で告白すれば恋人同士になれるだろう』と高をくくって、いつまでも告白しないままでいたら……藤岡さんが現れちゃったって感じで……」

「そうなんだ……」


 そう、藤岡は小さな声で呟くと、困ったように微笑(わら)う。


「……ごめん。それを聞いて、正直『君が奥手で助かった』と安堵しちゃったよ。君がもっと積極的だったら、僕には未来ちゃんと付き合うチャンス自体来なかった訳だからね」

「そんな事……無いっすよ」


 俺は、僅かに顔を歪めながら、自分の事を鼻で嗤った。


「たとえ、藤岡さんが現れる前に、俺がミクに告白したとしても断られるだけだったと思います。……それが薄々解ってたから、俺はなんだかんだと理由をつけて、アイツとの関係についてキチンと向き合う事から逃げてきたんでしょうね……」

「……なんで、未来ちゃん告白しても断られると思うんだい?」

「なんでって、そりゃ……」


 俺は、不思議そうに尋ねてくる藤岡に内心ムッとしながら答える。


「藤岡さんと一緒に居る時のミク……ものすごく楽しそうですもん。とても、あんな顔をさせる事なんかできないっすよ……今の俺じゃ」

「……」

「それに……俺は、藤岡さんみたいに優しくないですから。大人の余裕も無いし……」

「ははは。“大人の余裕”って……そんなにおっさんぽいかな、僕? これでも、君と一歳しか違わない二十歳なんだけど」

「いや……おっさんぽいとは言ってないんすけど」

「……それに」


 辟易とする俺に向けて、藤岡はぽつりと言った。

 そして、おもむろに俺へ真っ直ぐな眼差しを向けながら、


「僕は、君が優しくないなんて思わない。むしろ……僕なんかよりもずっと優しい人だよ、本郷くんは」


 と、真剣な表情で言葉を続けたのだった。

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