第七十四訓 薬は用法・用量を守って正しく使いましょう
「……」
謝った俺の事を、黙ったまま半泣き顔で見つめていた立花さんだったが、
「……って! そ、そんな事はどうでもいいから!」
と、おもむろに声を上げると、さっき俺のみぞおちに叩きつけた白いコンビニ袋を拾い上げ、袋の中に手を突っ込むと、小さな箱や瓶をいくつも取り出した。
俺は、彼女がテーブルに並べた小箱や瓶のパッケージラベルに書かれた商品名を読む。
大田胃酸……キャベヅン……昭和漢方胃腸薬……ガスパー10……って、これって――?
「あ……あのさ……」
何となく嫌な予感がした俺は、恐る恐る立花さんに尋ねかけた。
「な……何で、全部胃腸薬なの?」
「決まってるでしょ! アンタの為に買ってきたの! ……あたしの料理を食べて、おなかの調子がおかしくなってるだろうから」
「は……はぁ?」
立花さんの答えを聞いた俺は、唖然として、素っ頓狂な声を上げる。
「こ……これ全部、俺の為にだって……?」
「そ!」
俺の質問に簡潔に答えた立花さんは、手当たり次第に薬のパッケージを開けながら言った。
「いまいちどの薬が効くのか分からなかったから、とりあえず効きそうなヤツを見繕って買ってきたの! これを全部飲めば、アンタのおなかも良くなるよ!」
「ちょ! ちょっと待って!」
俺は、プチプチを潰すように、次々とプラスチック包装から錠剤を次々と出し始めた立花さんを慌てて止める。
「ぜ、『全部飲めば』って、これ全種類飲めってか? こ、殺す気かッ?」
「殺す気な訳無いでしょうが! むしろ、あたしはアンタを救ってあげようとしてるの!」
そう言って、制止した俺の顔をキッと睨み返した立花さんだったが、すぐにしゅんと項垂れながら、ぼそりと呟いた。
「……これでも責任感じてんだよ、あたし。アンタに変なものを食べさせちゃった事に……」
「あ……そ、それは分かってるし、ありがたいとも思ってるけど……」
俺は、落ち込んだ立花さんを前におたおたとしながら、テーブルの上にいくつも並んだ薬のパッケージや小瓶を指さす。
「これだけたくさんの薬をいっぺんに飲むのはちょっと……。たくさん飲んだからって、その分効果が上がるって訳でもないだろうし……」
「そんな事無いよ! ゲームとかだと、たくさん飲めば飲むほど能力にバフがかかるじゃん!」
「いやいや! そのりくつはおかしい!」
興奮した顔で捲し立てる立花さんに、俺は慌ててツッコミを入れた。
「げ、ゲームと現実は違うから! 足せば足すほど良いとか……そういう単純なもんじゃないから、人体はッ!」
「え、そうなの……?」
俺の言葉を聞いて目を丸くする立花さん。その顔からして、どうやら彼女は本気で複数の薬を俺に飲ませる気だったようだ……。
と、苦笑いを浮かべた藤岡が口を挟む。
「うん、本郷くんの言う通りだよ。むしろ、薬同士が効果を打ち消しちゃったり、逆に効果が強く出すぎてしまって、体に悪影響を及ぼす事もあるらしいよ」
「そうなんだ……」
藤岡の説明を聞いた立花さんは、ようやくの事で薬を取り出す手を止めた。
それを見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。
……だが、次の瞬間、
「……じゃあ、同じ種類の薬だったらいいよね!」
唐突にそう叫んだ立花さんは、『真バイオフェルミンZ錠』のラベルが付いた小瓶のフタを捩じ切るようにして外すと、そのまま逆さにした。
ザラララーという小気味のいい音を立てながら小瓶の口から流れ落ちた白い錠剤は、その下で立花さんが広げた掌の上に積もり、こんもりとした山になる。
……まさか。
「ほらっ、あーんしてッ!」
「ちょ、ちょ――ッ!」
俺の脳裏に過ぎった嫌な予感は案の定的中し、立花さんは、左掌に山盛りになった白い錠剤を強引に俺の口の中へ注ぎ込もうとしてきた。
女の子が「あーんして」と言って、食べ物を食べさせてくれる――ギャルゲーやハーレム系ラノベなどではお馴染みな展開であり、男の憧れるシチュエーションベスト3に入るというのは論を俟たないだろう。俺も大好きだ(断言)。
――が、食べさせられるものが『山盛りの錠剤』では、話が別だ。
「ちょ……待って待って! スト――ップ!」
俺は、迫り来る立花さんの手――その上に乗った大量の白い錠剤から必死で逃れながら、必死に叫んだ。
「だ、ダメだってば! 同じ薬を沢山飲むのは、それこそヤバいって! く……薬は用法・用量を守って正しく使いましょ――ッ!」
「……あ、それ、聞いた事ある」
もう少しで錠剤が口の中にぶち込まれるという絶体絶命の中、無我夢中で叫んだ薬のCMでお馴染みのフレーズが、俺の命を救った。
聞き覚えのあるフレーズを聞いた立花さんの手が止まり、右手が空になった薬瓶に伸びる。
「……あ、ホントだ。『定められた用法・用量を厳守する事』って書いてある……」
「で、でしょっ! ほ、ほら、分かったら、錠剤を瓶に戻して! お願いします!」
瓶のラベルに書かれた小さな文字を読んで、ビックリしたように目を見開いた立花さんに、俺は懇願するように言った。
だが……彼女は、錠剤の乗った左手にチラチラと未練たらしい視線を送っている……。
「……でも、半分くらいだったら大丈夫じゃ――」
「大丈夫じゃないからッ!」
「……わかった」
強めな声を上げたところで、ようやく俺の必死の願いが立花さんに届いたらしく、彼女は不承不承といった様子で、掌いっぱいに盛られた錠剤を薬瓶の中に戻した。
「…………ちぇっ」
い、いや! 何で舌打ちされてんの、俺ぇっ?




