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第六十八訓 余計な手助けは控えましょう

 「ただいま~……」


 急いで徒歩五分ほどの場所にある百円ショップに行って、各種食器を買ってきた俺は、そう言いながら自宅のドアを開けた。


「あ、おかえりなさい、颯大くん!」

「おかえり。お疲れ様」


 俺の帰宅の声に応えて、リビングの方からミクと藤岡の声が返ってきた。


「……ん?」


 料理をしていたはずのミクの声が、藤岡の声と同じリビングの方から聞こえてきた事が気になった俺は、靴を脱ぐ為に俯けていた頭を上げ、リビングと玄関の間にあるキッチンの方に目を向ける。

 そこには、木べらを固く握りしめながら、真剣な表情でコンロの上に乗ったフライパンを凝視している立花さんの姿があった。

 彼女の背中から、近寄りがたい雰囲気を孕んだオーラが立ち上るのを幻視した俺は、恐る恐る声をかける。


「あ、あの……た、ただいま……」

「……」


 俺の声に対する返事は無かった。

 立花さんは、俺の言葉がまるで耳に入っていない様子で、ジュージューと音を立てるフライパンの中身を、真剣を構えて仇敵と対峙する浪人のような目で睨み続けている。すさまじい集中力だ。

 ……と、その時、俺の鼻は異常を嗅ぎ取った。


「あ……あの……立花さん?」


 俺は嫌な予感を覚えながら、おずおずと立花さんに声をかける。が、相変わらず、彼女からの返事は無い。

 それでも俺はへこたれず、再び声をかける。


「あのー、立花さん? ちょ、ちょっといいかな?」

「……」

「そ、そのフライパンの中身なんだけど……そろそろ――」

「うっさいなぁ! 聞こえてるよっ!」


 それまでだんまりだった立花さんが唐突に鋭い声を上げ、俺の言葉を途中で遮った。

 彼女は、三角にした目を俺に向けながら、苛立たしげに声を荒げる。


「おかえり! はい、これでいいでしょっ? 今料理してるんだから、邪魔しないで!」

「ご、ゴメン……。で、でも、それ……そろそろ焼くのを止めた方が……」


 俺は彼女の剣幕にたじたじとなりながらも、フライパンの上でジュージューと音を立てている黒ずんだ()()()を指さした。

 俺の記憶が確かならば、立花さんは藤岡の為のハンバーグを作っているはずだが、その黒い物体ⅹは、ハンバーグというより――。


「だから、料理の邪魔しないでって言ってるでしょ! もうすぐ出来るから、黙ってあっちで待っててよっ!」


 だが、立花さんは俺の言葉を聞くと更に激昂し、手にした木べらでリビングの方を指して怒鳴った。


「いや、でも……」

「でももだっても無い! ほら、さっさと行く!」


 そう叫ぶと、立花さんは有無を言わせず、俺の事をリビングの方に追いやった。


「とっとっと……っ!」


 レジ袋を持ったまま、突き飛ばされるように背中を押された俺は、大きくバランスを崩しながら踏鞴(たたら)を踏む。

 そのまま、危うく転倒しかける俺。

 だが、その寸前で、サッと伸びてきた腕が、俺の体をしっかりと受け止めてくれた。


「おっと危ない! 大丈夫かい、本郷くん?」

「ふ……藤岡……さん!」


 藤岡の力強い腕に抱きかかえられた俺は、思わず胸をトゥンクと鳴ら…………す訳も無く、「あ、あざっす……」と口の中でモゴモゴ言いながら、そそくさと彼の腕の中から抜け出す。

 そして、僅かに頬を染めながら(も、もちろん、男らしい藤岡にキュンとしちゃったからではなく、単に恥ずかしかっただけである)、ゴホンと咳ばらいをして、心なしか羨ましげな顔でこちらを見ているミクに向かって、誤魔化すように尋ねた。


「あ……あれ? ミクもいっしょに料理してたんじゃなかったっけ?」

「あ、うん……」


 俺の問いかけに、ミクは困ったような表情を浮かべて答える。


「私が作ってる肉じゃがは、あとはもう煮込むだけだから……。それで、ルリちゃんのお手伝いに回ろうとしたんだけど、ルリちゃんが『あたしひとりで作るから大丈夫です! だから、手を出さないで下さい!』って……」

「あ……そうなんだ……」


 ミクの言葉に、俺は(まあ……確かに、ミクに対抗して藤岡の為のハンバーグを作っているのに、当のミクの手を借りる訳にはいかないよなぁ……)と納得した。


「いやぁ、機器チェックが終わったから、僕も手伝おうとしたんだけど、ルリに怖い顔で睨まれちゃってね……」


 ……そらそうよ。藤岡の為に作っている料理を、藤岡自身に手伝ってもらう訳にはいかないだろう。

 何となく、現状に至る経緯を把握した俺は溜息を吐くと、何やら焦げ臭い匂いが漂い始めたキッチンの方を一瞥した。

 ……ダメだ。

 相変わらず真剣な顔でフライパンとにらめっこしている立花さんの全身から、『集中してるんだから、余計なチャチャを入れたらぶっコロがすぞゴラァ!』的な圧を伴うオーラが、まるで覚醒したゴ〇さんかスーパーサ〇ヤ人のように迸っているのを感じる……。

 そんな彼女に「手伝おうか?」と言おうものなら、俺はたちまちの内に、某ネフェル〇トーか某〇リーザ様と同じ末路を辿る事になるだろう……。

 そう察した俺は、頬を引き攣らせながら目線を戻すと、リビングの中央に置かれた小さなローテーブルの前にチョコンと正座した。

 そして、俺と同じように心配そうな顔をしているふたりに、無理やり拵えた笑顔を向ける。


「ま……まあ、本人が『ひとりで作る』って言ってるんだから、任せておけばいいんじゃないですか? それに、もうすぐ出来上がりそうですし……」

「……そうだね」

「う、うん……」


 俺の言葉に、おずおずと頷く藤岡とミク。

 ――その時、


「……うわっ、ちょっとヤバい……かなぁ……?」


 という不吉な呟きと、一段と焦げくさ……香ばしい匂いがキッチンの方から漂ってきて、俺たちの顔は更にどんよりと曇るのだった……。

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