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第六十三訓 人前で惚気るのはやめましょう

 ……そんなこんなで、俺たちは商店街の一角にあるスーパー『ライブ赤発条店』に立ち寄った。

 入り口脇に置かれたショッピングカートを引き出しながら、藤岡が俺に尋ねる。


「……で、ぶっちゃけ、君の家にはどんな食材ならあるんだい?」

「え? ああ、ええと……」


 藤岡の問いかけに、うずたかく積み上げられた買い物カゴのひとつを取りながら、俺は自分の家の台所の状況を思い返した。


「そうっすね……。確か、米は結構あります。あとは、生卵が一パック……」

「うんうん」

「それと、冷凍パスタが二袋と、カップラーメンが三個くらい。その他は……ガジガジくんのソーダ味と、飲みかけのペットボトルのコーラが一本……」

「……」

「……以上っす」

「……って! ちょっと待てぇい!」


 俺の答えを聞いて声を荒げたのは、立花さんだった。

 彼女は、般若のような顔になって、俺に詰め寄ってくる。


「お米と卵以外、全部加工品じゃない! つうか、最後のふたつに至っては、ただの嗜好品じゃん!」

「いや……だから、さっきも『俺は料理しないから』って言ったでしょうが。肉とか野菜とか買っても、料理する事が出来ないんだったら意味無いじゃん――」

「このおバカ! 開き直るな!」

「痛いッ!」


 目を吊り上げた立花さんに思い切りタイキックを食らった俺は、蹴り飛ばされた尻を押さえて悶絶した。


「こらこら、ルリ。本郷くんに暴力を振るっちゃダメだよ!」

「ほ、ホダカ……! で、でも……コイツがふざけた事を言って開き直るから……」


 藤岡に窘められた立花さんは、たじろぎながらも言い返す。だが、その声の勢いは、想い人(藤岡)を相手にしているせいか、俺の尻を蹴り上げた時よりも大分トーンダウンした。

 と、その時、困り笑いを浮かべたミクが、立花さんの事をフォローする。


「ホダカさん。そんなに言わないであげて下さい。ルリちゃんは、颯大くんの身体の事を心配して注意してくれたんですから」

「は、はああああっ? そ、そんな事無い……です! こんな不摂生男の事を心配するくらいだったら、空から降ってきた隕石が頭に当たるのを心配してた方がマシだって!」

「……いや、さすがにヒドくない、それ?」

「何よ! 文句あるッ?」

「……ありません、ハイ!」


 抗議の声を上げかけた俺だったが、立花さんの刺すような視線を浴びて、慌てて口を噤んだ。

 だが、ミクは、そんな立花さんの反応にニマニマと微笑む。


「うふふ、可愛いねぇ、ルリちゃん」

「か、可愛い……っ? って、その“可愛い”は、あたしの何に対しての“可愛い”なんですかっ?」


 ミクの言葉に、立花さんは声を上ずらせながら訊ねる。

 だが、その問いかけに対して、ミクははぐらかすように「うふふ……」と笑うだけだった。

 そして、俺の手から買い物カゴを受け取り、藤岡の押すショッピングカートの網台の上に乗せると、おもむろに俺の方に顔を向け、少し頬を膨らませる。


「でも、確かにルリちゃんの言う通りだよ、颯大くん。いくらひとり暮らしだって言っても、少し食事が偏り過ぎ。私も少しおこだよ」

「う……」


 立花さんに加え、ミクにまで責められた俺は、ぐうの音も出ない。

 すると、ミクは口角を上げて、表情を一変させた。


「でも、だったら、今夜の晩ご飯は栄養たっぷりのものにして、今まで足りなかった分を取り返すくらいにいっぱい食べてもらわないとね! 私、お料理がんばるね、颯大くん!」

「み、ミク……!」


 ミクの力強くも優しく慈悲深い言葉に、俺は思わずジンとしてしまう。

 『ミクが俺の為に料理を頑張って作ってくれる』という、この上なく幸せな事実に深く感動し、思わず「結婚して下さい!」と口走りかけた俺だったが、さすがに場所と空気を読んで堪えた。

 と、感動している俺の代わるように、藤岡が声を上げる。


「へえ、未来ちゃんが頑張って作ってくれる料理を食べられるなんて、楽しみだね。ちなみに……その料理、僕も食べていいのかな?」

「あ、はい、もちろんです!」

「良かったぁ。本郷くん限定だって言われたらどうしようかと思ったよ」

「うふふ、そんな事言う訳ないじゃないですか。もちろん、みんなでいっしょに食べるんです。ご飯は、みんなで食べた方が美味しいですから!」

「ふふ、そうだね。確かに、未来ちゃんの言う通りだ」


 そう言い合いながら、穏やかに微笑み合うミクと藤岡。その姿は、まさに『初々しいカップル』そのもので……。


「――ほ、ホダカ! あたしも作るよ! すんごく美味しい晩ご飯をさ!」


 そんな藤岡とミクのいい雰囲気に水を差すように叫んだのは、立花さんだった。

 彼女は、その大きな瞳の中にミクに対する対抗心の炎をメラメラと燃やしながら、高らかに言った。


「何てったって、ホダカとは生まれた時からの付き合いだからね! ホダカがどんなものを好きなのか、他の誰よりも知ってるもん! 当然、ついこの前知り合ったばかりの人なんかよりもずっとね!」

「うん、そうだよね」

「……へ?」


 自分が吐いた露骨な挑発の言葉に対し、その矛先を向けた相手であるミクがあっさりと頷いた事に対し、立花さんは逆に意表を突かれたようで、まさに『鳩が豆鉄砲を食ったよう』に、キョトンとした表情を浮かべる。

 ミクは、そんな彼女にニコニコと笑いかけながら言った。


「ルリちゃんは、ホダカさんの事を私よりたくさん知ってるんだもんね。だから、これからたくさん教えてほしいなぁ」

「え? は?」

「ホダカさん、私が作るお弁当を全部『美味しい』って言ってくれるんだけど、何が一番好きなのか、逆に分からないの。ホダカさんに聞いても、『何でも好きだよ』って答えるばっかりで……」

「いやぁ……だって、しょうがないじゃないか」


 ミクの言葉に、藤岡は苦笑いを浮かべながら答える。


「だって、未来ちゃんの作る料理は何でも美味しいんだからさ。どれが一番好きかなんて、僕にはとても選べやしないさ」

「ホダカさん……」

「君の作るものなら、僕には何でも一番なのさ」

「……えへへ。嬉しいです……ふふ」

「「う……」」


 ……限界だった。

 もうこれ以上、とても耐えられなかった。

 想いを寄せる幼馴染が、マッ〇スコーヒーよりも遥かにクソ甘いラブラブトークを恋人と交わし、幸せいっぱいに笑い合う様を見続けるのは。

 ――俺も、そして()()()()()()


「「う……う、うわああああああああああああッ!」」


 苦悶に顔を歪め、両手で頭を抱えた俺と立花さんは、断末魔のような絶叫をハモらせながら、ふたりの前から脱兎の如き勢いで逃げ去ったのだった……。

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