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第六十二訓 食事は栄養バランスを考えましょう

 赤発条駅の前で合流した俺と藤岡たちは、早速目的地である事故物件――即ち、俺の家へと向かう。

 当然、俺の家に向かう道筋を知るのは俺であり、であれば当然、俺が先頭を切って歩く形になった。

 藤岡とミク、そして立花さんは、数歩先を歩く俺の後ろを、横一列に並んでついてくる。


「それにしても、ホダカさん、ものすごい荷物ですよね。何が入ってるんですか、そのリュック?」

「ああ、これ? ふふ、それは、本郷くんの家に着いてからのお楽しみだよ」

「……どうせ、怪しいネット通販で買ったオカルトグッズでしょ? 昔っから、少ないお小遣いを貯めてインチキくさい機械を買っては、その都度騙されてたもんね、ホダカは」

「はは……。ま、まあ、確かに昔はそんな事もあったけど、今回は大丈夫だよ。何せ、U-TUBEで投稿してる心霊系Uチューバ―たちが大勢使っているものだからね!」

「……だから、その心霊系Uチューバ―とか言う人たち自体がインチキくさいんだってば」

「……」


 背中越しに、藤岡たちが楽しそうに交わす会話を聞きながら、ひとり先行して歩いているせいで三人の会話に参加できない事に疎外感を抱きつつ、俺は黙々と歩を進める。

 通常、駅から俺の家に行くには、緩やかにカーブする片側二車線の大きな道路を通る必要があるのだが、実は駅前商店街を抜けると近道できるのだ。

 だから、俺は当然のように駅前商店街を突っ切るルートを選んだ。

 と、


「……あ、颯大くん! ちょっといいかな?」


 唐突に、ミクが俺の事をを呼び止めた。


「……ん? どうした、ミク?」


 ミクの声に、俺は訝しげな顔をしながら振り返り、尋ねた。

 すると、ミクは傍らに建つスーパーを指さした。


「ねえ、颯大くん家に行く前に、スーパーで買い物していかない?」

「買い物?」


 ミクの声に、藤岡が訊き返す。


「何を買いたいんだい? 検証用機械の電池は、ちゃんと予備も持って来たけど……」

「あ、いえ、電池とかじゃなくって……」


 ミクは、藤岡の言葉に苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。


「この前、颯大くんの家には食材や調味料があんまり無いって聞いてたから、家から晩ご飯用のお野菜を用意してきたんですけど、お肉とかお酒とかは持って来てないんで、ここで買おうかなって……」

「え……?」


 ミクの言葉に驚きの声を上げたのは、立花さんだった。


「お酒って……ダメだよ! お酒は二十歳になってからじゃないと飲んじゃダメなんだよ! ……まあ、ホダカはもう二十歳だけど、お酒は飲めなかったよね?」

「あ、まあ、うん」


 立花さんに尋ねられた藤岡は、苦笑を浮かべながら頷いたが、すぐに「……でも」と続けた。


「確かに僕は下戸だから、酒は飲めないけど……多分、未来ちゃんが言ってるのは、飲む方の“お酒”じゃないんじゃないかな?」

「あ、はい、その通りです!」


 それまでキョトンとしていたミクは、藤岡の言葉に大きく頷く。

 そして、立花さんの方に顔を向けると、申し訳なさそうに言った。


「ゴメンね、ルリちゃん。私が言った“お酒”って、料理用のお酒の事だったの。紛らわしい言い方して誤解させちゃったみたいで、ごめんなさい」

「あ……い、いえ……」


 ミクの言葉に、立花さんはたじろぎながら首を横に振る。


「べ、別に大丈夫……です! あたしの方こそ、早とちりしちゃって、その……ゴメンナサイ」


 そう言うと、立花さんはミクに対して深々と頭を下げた。


「え? そ、そんなに謝らなくて大丈夫……だよ! っていうか……私の方こそごめんなさい!」

「いえ、あたしが悪いです! 本当にゴメンなさいッ!」

「ううん、ルリちゃんは悪くないよ! むしろ、気を使わせちゃってごめん……」

「だから、ミクさんが謝る事じゃない……ですって……!」


 商店街の通路の真ん中で、ひたすら頭を下げ合うミクと立花さん。


「え、ええと……」


 ……このままでは、謝罪の千日戦争(サウザンドウォーズ)に突入してしまいそうだと思った俺は、ふたりの間に割って入る事にする。


「ふ、ふたりとも、もういいじゃん。お互いに謝ったんだからさ。――つか、そもそも、俺がロクに食い物も調味料も揃えてないのが悪いんだし――」

「――そうだよっ!」

「ファッ?」


 ふたりの間を取り成そうとした俺だったが、その言葉尻を捉えた立花さんから鋭い声を浴びせられた事にビックリして、思わず声を裏返した。

 立花さんは、オロオロと狼狽えている俺に怖い顔をしながら叱りつける。


「何で家に食材が無いのさッ? アンタ、ひとり暮らしでしょ!」

「そ、そりゃ……」


 俺は、立花さんの剣幕に気圧されながら、おずおずと答えた。


「俺、あんまり料理しないから……」

「はぁ? 普通、ひとり暮らししてたら自炊するもんでしょ? 普段、何食べてるの、アンタッ?」

「そりゃ……カップラーメンとか、カップ焼きそばとか、冷凍食品のパスタとか……」

「は? 何それぇっ?」


 俺の答えを聞いた立花さんが目を剥き、呆れ交じりの声を上げる。


「ラーメンに焼きそばにパスタって……炭水化物ばっかりじゃん! 栄養バランスとか考えた事無いの?」

「も……もちろん、そこらへんはちゃんと考えてるよ! たまに、スーパーの半額シールが付いたコロッケとかコンビニ弁当とかも食ってるもん! あ、でも、コンビニ弁当は最近高いから、あんまり買ってないなぁ……」

「……どうせ、揚げ物ばっかでしょ、ソレ?」

「ま、まあ……そう……かも……」

「今すぐスマホで『栄養バランス』をググれカスぅッ!」


 立花さんが、不動明王のような顔をして、俺の事を怒鳴りつけた。


「まったく……大学生のクセに、そんな不摂生のお手本みたいな食生活してるんじゃないよ! そんなものばっかり食べてたら、そのうちヤバい病気になってポックリ逝っちゃうよ!」

「い、いやあ……いくら何でも、そんな大げさな……」

「全然大げさなんかじゃないってば! 健康は、失ってからじゃ取り戻せないんだよ!」


 苦笑しながらはぐらかそうとする俺の事を、真剣な顔で叱る立花さん。

 と、その時、ミクがニコニコと笑いかけてきた。


「うふふ、良かったね、颯大くん。こんなにルリちゃんから心配してもらえて!」

「ファッ?」

「は……はぁあっ?」


 ミクの言葉に、俺と立花さんは素っ頓狂な声を上げ、


「「そ……そんな事無いって!」」


 と、ピッタリのタイミングで声をハモらせるのだった……。

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