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第六十一訓 女の子のファッションは適切に褒めましょう

 「ええと……っていうか」


 俺は話の流れを変えようとして、穏やかな微笑みを浮かべてミクと立花さんのやり取りを見ている藤岡に尋ねた。


「その格好……藤岡さんもバイトから直行してきたんすか?」

「……え?」


 俺の問いかけに、藤岡はキョトンとした表情を浮かべ、首を傾げる。


「ううん……今日は別にバイトじゃなかったけど……。何でそう思ったんだい?」

「いや、だって……」


 俺はそう言って、当惑した様子の藤岡の身体を指さした。


「そんなツナギを着てるから、てっきり、引っ越しのバイト上がりか何かかなと思ったんですけど……」

「ああ……これね」


 人でごった返す赤発条駅の駅前広場には些か場違いな、カーキ色のツナギを身に纏った藤岡は、自分の身体を見下ろすと、苦笑いを浮かべながら首を横に振った。


「これは、そういうのじゃないよ。第一、僕のバイトは塾の講師だからね。ツナギは着ないよ」

「あ、そうなんすか。でも……じゃあ、なんで今日はツナギを……?」


 藤岡の答えを聞いた俺は、頭に浮かんだ疑問をぶつける。

 すると、藤岡はニヤリと笑って、ツナギを誇示するかのように胸を張った。


「そりゃあ、心霊検証といえばツナギだからね」

「……はいぃ?」

「動きやすいし、汚れても平気だから、廃墟探索をする心霊系(ユー)チューバ―の、いわば制服みたいなモンなんだよ。だから、これから心霊スポットに向かう僕にはピッタリの服装なんだよ!」

「な……なんだって、キバ〇シ――ッ? ……じゃなくって!」


 思わずM〇Rメンバーばりに驚きのリアクションをした俺だったが、すぐに我に返って藤岡にツッコミを入れる。


「し……心霊スポットって、それ俺ん家の事かいっ!」

「うん、そうだけど」

「いやいやいや! ウチは確かに事故物件だけど、心霊スポットではな……ないハズ!」


 あっさりと頷いた藤岡に、『ウチは心霊スポットではない!』と言い切ろうとした俺だったが、家で鳴っていたラップ音の事が一瞬頭を過ぎり、微妙にトーンダウンする。

 だが、ブンブンと首を横に振って、その嫌な記憶を頭から追い出すと、更に言葉を継いだ。


「つ、つか、『汚れても平気』って、ウチはそこまで汚れてないし、ちゃんと部屋の中片付けたし! そもそも、廃墟でもねえよ!」

「あ……それはすまなかった」


 俺の剣幕に、藤岡が申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げてきた。


「別に、君の家の事を心霊スポットだとか廃墟だと言ったつもりじゃないんだ。ただ……実際に事故物件にお邪魔するのは初めてなので、ちょっと浮かれてしまって……実際に住んでいる本郷くんの気持ちも考えずに無神経な事を言ってしまって、本当に申し訳ない」

「あ、いや……」


 俺は、深々と頭を下げた藤岡を前に、オロオロと狼狽えながら、手のひらを左右に振った。


「べ、別にそこまで謝らなくても……。つ、つか、俺の方こそスミマセンでした。大人げなく声を荒げたりなんかしちゃって……」


 そう言って、ペコペコと頭を下げる俺。


「だから、もう謝ってくれなくて大丈夫です。俺、そんなに気にしてませんから。……ぶっちゃけ、築四十年のボロアパートなんで、確かに半分廃墟みたいなモンですし……」

「――え、ホントに?」


 俺の言葉を聞いてウンザリ声を上げたのは、立花さんだった。

 彼女は顔を顰めながら、自分の身体を見下ろしながら呟く。


「だったら、あたしも汚れていい格好で来るんだったな。せっかくの服が台無しになっちゃいそう……」

「いや、だから、ちゃんとキレイに掃除してあるって……」


 ぼやく立花さんに反論を述べつつ、俺は彼女の格好に改めて目を遣った。

 今日の立花さんは、少し大きめのグレーのTシャツに白いショートパンツという、先週よりも大分ラフな格好だった。

 すばしっこい猫のような彼女のイメージに、今日のスポーティな格好は良く似合っているように思う。

 ――つか、結構、脚綺麗だな……。


「……何ジロジロ見てんのよ、アンタ」

「ふぇっ? ……い、いや、別に見てねーし!」


 立花さんにジト目で睨みつけられた俺は、彼女の脚から慌てて目を逸らしながら、上ずった声で否定する。

 だが、そんな俺の嘘はバレバレだったようで、彼女の表情はますます険しさを増した。


「ウソ! 絶対に見てた! 何よ、あたしの格好に何か文句でもあるのッ?」

「い、いや……別に、文句とかは……。むしろ、その……君の雰囲気にピッタリだなぁって……」

「なんですってぇっ? 子ども(ガキ)っぽいから、野球帽にTシャツ半ズボンなガキ大将スタイルがピッタリだってぇ?」

「い、いやいや! そうは言ってないでしょうが!」

「言っとるやろがいっ!」

「まあまあ。落ち着いて、ルリちゃん」


 顔を真っ赤にしながら、今にも俺に掴みかかろうとしていた立花さんを抑えたのは、ミクだった。

 ミクは、優しい声で立花さんに言った。


「颯大くんは、そんな風には言ってないよ。良く似合ってるって、褒めてくれたんだよー」

「そ……そうなの?」

「うん。私もそう思うし」


 おずおずと訊き返した立花さんに、ミクはコクンと頷き、ニッコリと笑って言葉を継ぐ。


「ルリちゃん、小さくてキュートな感じだから、大人っぽいコーデよりも、そういうカジュアルなファッションの方が似合ってると思うよー!」

「え……そ、そうかな……?」


 ミクの絶賛を聞いた立花さんは、一瞬まんざらでも無さげな様子で口元を綻ばせかけたが、すぐにハッとした表情になり、なぜか自分の胸元を両手で押さえた。

 そして、ミクの胸を凝視しながら、固い声を上げる。


「って……、ち、小さいですってぇッ? そりゃ……ミクさんに比べれば小さいのかもしれないけど、これでも普通くらいの大きさ……よりはちょっと小さいかもだけど……と、とにかく! そこまで極端に小さいって訳じゃないんだからっ!」

「え……と? なんの話をしてるのかな、ルリちゃん……?」

「ほ……ほんのちょおおおおっとだけ私よりも大きいからって、マウント取らないでもらえますッ? 女の子の価値は、大きさで決まる訳じゃないんですからねっ!」


 カッと目を剥き、声を荒げる立花さん。

 そんな彼女の剣幕に、ミクはキョトンとしている。

 ミク的にはマウントを取ったという気持ちは毛ほども無く、純粋に立花さんの事を褒めたつもりだったのだろう。

 それに気付いた俺は、慌ててふたりの間に割って入った。


「おい、やめろって! 別にミクは、そんなつもりで言った訳じゃ……痛ってえ!」

「うっさい! 男が女同士の会話に口を挟まないでよッ!」


 俺の脛をしたたかに蹴り上げ、更に容赦なく怒鳴りつける立花さん。


「そ……そうは言ってもさ……、君があんまり変な誤解をしてるから――」


 と、脛の痛みに悶絶しつつも言い返そうとする俺だったが、


「そうだよ。そんなに怒る事じゃないよ、ルリ」

「……っ!」


 唐突に上がった藤岡の声を聞いた途端、立花さんの表情が、時間停止の魔法をかけられたように硬直する。

 そんな彼女に、藤岡は穏やかな笑みを湛えながら言った。


「未来ちゃんは、君の事を褒めたんだよ。ルリが持つ雰囲気に、そのチャーミングなファッションは似合ってるって」

「ちゃ、チャーミングっ?」


 藤岡の口から出た『チャーミング』という単語を聞いた途端、立花さんの顔がみるみる紅くなる。

 そんな彼女に小さく頷きかけながら、藤岡は言葉を続けた。


「うん。僕も未来ちゃんの意見に同意だね。とってもかわいらしいと思うよ」

「か、か、か……かわい……かわいらし、かわいらししい……っ?」


 藤岡の『かわいらしい』という言葉に、立花さんは耳の先まで真っ赤にして、その目をグルグルと回しながら、壊れたおもちゃのように『かわいらしい』という言葉を繰り返す。


「……」


 そんな彼女の様子を、俺はジンジンと痛む脛を押さえながら、何となく釈然としない思いで見ていた。


 まったく……俺も似たような事を言ったはずなのに。

 何だよ、このリアクションの差は……。

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