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第六十訓 人の事を理不尽に責めるのはやめましょう

 ――そして、土曜日。

 いつもよりも早い十六時半でバイトを上がった俺は、電車に乗って最寄り駅の赤発条(あかばね)駅北口の自動改札を出ると、駅前広場の中心にある銅像へと向かう。

 今夜、俺の家に泊まりに来る事になっているミク……と、その他二名との待ち合わせ場所だ。……まあ、正確には『泊まりに来る』ではなく、『心霊検証しに来る』というのが正確なのだが。


「はあ……」


 歩きながら、俺は憂鬱交じりの溜息を吐いた。

 いや……そりゃ、憂鬱にもなるだろう。何せ、自分の家に客が来るのは初めての事なのだ。

 しかも、その初めての客というのが、『自分が片想いしている幼馴染』と『その幼馴染の彼氏』と『その彼氏に片想いしている幼馴染』ときた。

 この面子で、何も面倒事が起こらないと考えるのは楽観に過ぎるだろう。

 その上――、


「……はぁ」


 俺は、歩きながらポケットから取り出したスマホのスリープを解除し、液晶画面に浮かび上がったLANEのトーク画面に目を落とし、そこに表示された内容を読み返した俺は、再び深い溜息を吐いた。


「……マジでこれ、やるのかよ……」

「あ、そうちゃ……じゃなくて颯大く~ん! こっちこっち!」

「お……おお」


 歩きスマホしながら歩いているうちに、いつの間にか駅の出口に着いていたようだ。

 青錆が浮いた大きな銅像の下で、俺の名を呼びながら大きく手を振っているミクが浮かべた笑顔の眩しさに胸を高鳴らせながら、俺はぎこちなく手を振り返す。

 そして、駅へ入る人の流れに逆らいながら、小走りで彼女の許まで駆け寄った。


「颯大くんは、今日バイトだったんだよね? お疲れ様!」

「う、うん、まあね。……そっちこそ、遠かっただろ? お疲れさん」


 ミクにかけられた労りの言葉に、感じていたバイトの疲れがたちどころに吹っ飛んだ俺は、思わず顔を綻ばせる。

 今日のミクのファッションは、五分袖の袖口が花びらのように膨らんだ白のブラウスに、ハイウェストのベージュのフリルスカートを合わせた、いわゆる“ゆるふわコーデ”だった。

 ふんわりしたミクのイメージにドンピシャで、控えめに言って、メチャクチャ可愛らしい。

 俺は、そんなミクの可憐な姿に思わずポーっとしながら、乏しい語彙を総動員して褒めたたえようと頭をフル回転させる。

 ……と、その時、


「……まったく、遅かったじゃない。あたしたちを待たせておいて、今まで何やってたのさ、アンタは」

「いや……だから、バイトだよ」


 ミクの後ろから上がった不機嫌な声に水を差された俺は、思わずムッとして言い返した。

 そして、駅前ロータリーの大きな花時計を指さしながら、更に言葉を継ぐ。


「つうか、『遅かった』って言うけどさ。集合時間は午後五時のはずだろう? ちゃんと集合時間に間に合ってるでしょうが」

「間に合ってないよ! もう四時五十八分じゃん!」


 憮然としながらの俺の反論に、立花瑠璃は、頭に被った大きめの野球帽のツバから覗く猫のような大きな目を吊り上げ、声を荒げた。


「『団体行動は十五分前行動』って言うでしょ! それなのに、十三分も遅刻しておいて開き直らないでよ!」

「い……いやいやいや! それを言うなら“五分前行動”でしょうが! それを“十五分前行動”なんて……そんな無茶苦茶な事、ブラック企業でもそうそう言わねえぞ! ……あの副店長(ハゲ)なら言いそうだけど!」

「うっさいなぁ! ていうか、たとえ五分前行動だとしても三分の遅刻でしょうが! 遅刻しておいて、開き直らないでよ!」

「いや、だから遅刻じゃねえっつってるじゃん! “集合時間”の意味分かってんのかい!」


 理不尽にキレる立花さんと、理不尽にキレられて、思わず強い口調で言い返す俺。

 ――と、


「まあまあ。ふたりとも落ち着いて」


 落ち着いた男の声が、俺たちの事を宥めた。

 その声を聞いた瞬間、俺の顔は強張り、立花さんは不満そうに頬を膨らませながら言い返す。


「……でもさ、ホダカ! あたしたち、結構待たされたじゃん! だから、文句のひとつくらい言ってもさ――」

「いや。でも確かに、集合時間は五時だしね。ちゃんと時間前に着いた本郷くんを責めちゃいけないよ」


 そう、穏やかな笑みを浮かべながら、立花さんを諭した藤岡穂高は、「それに――」と言葉を継いだ。


「そもそも、あの電車に乗る時に、僕が『着くのが早すぎるから、もう一本遅い電車でも大丈夫だよ』って言ったのに、頑として聞き入れなかったのはルリだよ。それなのに、『待たせた』って言って、本郷くんの事を責めるのはダメだよ」

「う……」


 藤岡にガチの正論で諭された立花さんは不満そうに口を尖らせるが、言い返さない……いや、言い返せない様子だった。

 と、その時、


「……まあ、分かるけどね」


 それまで目をパチクリさせていたミクが、おずおずと口を開く。

 ミクは、憮然として黙り込んだ立花さんに優しく微笑みかけながら、宥めるように言った。


「――ルリちゃんは、少しでも早く颯大くんに会いたかったんだよね? だから、あんなに急いで赤発条駅(ここ)に来たがってたんでしょ?」

「は――?」

「……へ?」


 思いもしないミクの言葉に、立花さんは愕然とした表情を浮かべ、俺は思わず間の抜けた声を上げる。

 一瞬虚を衝かれた俺だったが、すぐに我に返ると、苦笑いを浮かべながら手を左右に振ってみせた。


「ははは。いやいや、それはナイナイ。立花さんが、俺に対して、そんな事を思うなんて――」

「は……はあああああぁぁっ?」


 俺の声を遮るように上がった素っ頓狂な声。

 驚いて声の上がった方に目を移すと、飛び出さんばかりに目を見開いた立花さんが、首を激しく横に振りながら絶叫していた。


「み……ミクさんッ、な――何言ってるのさ……ですか! あ……あたしが、コイツに会いたがってたァ? そ、そんな訳無いじゃん!」

「え、違うの?」

「ち……違うに決まってるでしょうがあああああっ!」


 なぜか意外そうに訊き返したミクに、怒りで顔を真っ赤にした立花さんは、更に大きく怒鳴り――いや、もはや咆哮する。


「あ……あたしが、()()()()に会いたがるぅっ? そ……そんな事、たとえ天地がひっくり返ってもあり得ないですってば! ゼ・ッ・タ・イ・にッ!」

「……」


 必死な様子で言い切る立花さん。

 ……まあ、藤岡の前で心外極まる事を言われて、必死に否定したい気持ちは痛いほど良く解るのだけれど――、


 もう少しこう、何というか……手心というか……。

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