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第五十九訓 困った時には素直に相談しましょう

 「なあ、一文字……」


 俺は、コップの水を飲み干すと、一文字に切り出した。

 その声を聞いて、とっくに空になったカレー皿に残る僅かなカレールウをスプーンで執拗に掬っていた一文字が、訝しげに顔を上げる。


「……何だい?」

「あ、いや……」


 問い返された俺は一瞬躊躇うが、意を決して言葉を続ける。


「ぶ、ぶっちゃけ、お前は知らないか? 家に取り憑いているGを退治する方法……」

「いや、だから、一番効くのは瞬間冷凍スプレーだって――」

「だーかーらー! ゴキブリ(GOKIBURI)じゃなくて幽霊(GHOST)の方だって……」

「……ちょ! 本郷氏!」


 とぼけた答えに思わず声を荒げた俺を、一文字が慌てて制止した。

 そして、周囲に目を配りながら、声を潜めて言う。


「その……黒光りするおぞましき昆虫の名を、そんな大きな声で叫ぶのは、学生食堂(ここ)では些か不適切というか……」

「あ……」


 一文字の指摘に、俺はハッとして、一文字と同じように恐る恐る周囲を見回した。

 ……がやがやという喧騒に包まれていた広い学生食堂が、打って変わってシンと静まり返り、たくさんの険しい視線が俺の身体に突き刺さる。


「あ……す、スミマセンっした……!」


 その中でも一番殺気の籠もった視線を向けてきたカウンター内のパートのおばちゃんと、周囲のテーブルに座る学生のみんなにペコペコと何度も頭を下げた俺は、我関せずと言わんばかりの顔でカレールウをこそぎ取っている一文字に、小声で抗議した。


「……おい! お前のせいだぞ! お前が、さっきの会話を思い出させるから……」

「何を言っているんだい? そもそも“G”なんて、どっちとも取れそうな紛らわしい言い方をする君が悪いんじゃないか。責任転嫁は感心しないな」

「ぐ……」


 一文字の反論に返す言葉も無い俺は、憮然とした顔で口を尖らせる。

 すると、ようやく気が済んだのか、さっきまでカレーが入っていたとは思えないほどにキレイになった皿の上にスプーンを置いた一文字は、ジロリと俺の顔を見て言った。


「……で? 要するに、幽霊を退治……つまり、除霊できる方法を知らないかとボクに聞いたのかい、本郷氏は?」

「ま……まあ、そう……なんだけど」


 一文字に問い返された俺は、おずおずと頷く。

 すると、一文字は水を一口飲むと、はぁ~と大きな溜息を吐き、それからにべもなく首を横に振った。


「そんな事、ボクが知る訳が無いじゃないか」

「え……そ、そうなの?」

「……逆に、何でボクが知っていると思ったのさ? ひょっとして、ボクの事を特級呪術師だとでも思った? まあ……確かに、目隠ししたら似てるかもしれないけれど」

「いや、それは無い」


 俺は、ニヤリと笑いながら紙ナプキンで目を隠してみせた一文字に向けて、キッパリとかぶりを振る。

 そして、不満げに口を尖らせる一文字の顔をまじまじと見ながら言葉を続けた。


「……強いて言えば、漏〇の方かな?」

「いや、それは祓われる方じゃないか」


 ジロリと俺の事を不満そうに睨んだ一文字は、もう一度小さく息を吐くと、ぼそりと答える。


「そうだね……例えば、部屋の中で素っ裸になって、お尻を叩きながら『ビックリするほどユートピア!』と連呼しながら……」

「ベッドを乗り降りするってヤツだろ? それは知ってるよ。……効かないのもな」


 俺は、一文字の言葉を途中で遮って、フルフルと首を横に振った。

 すると、一文字は驚愕の表情を浮かべ、呆然と呟く。


「まさか……試したのかい?」

「……と、とにかく!」


 俺は、察しのいい一文字が上げたドン引き混じりのツッコミが聞こえなかったフリをして、慌てて声のトーンを上げた。


「な……何か知らないか? それ以外に、幽霊に効くような方法ってヤツを!」

「いや……知らないよ」


 必死な俺の問いかけに帰って来たのは、つれない答えだった。

 それでも、一文字は眉根に皺を寄せながら、スマホで「除霊の方法」を検索してくれたのだが、


「……うーん、ネットにも、いい方法は載ってないねぇ。何だかんだで、ファブローゼを撒きまくるのが一番っぽいよ」

「そ、そっか……」


 一文字の答えに、俺は落胆しつつ頷いた。

 ……まあ、ネットに有効な方法が載っていない事は、一昨日、時折原因不明のラップ音が鳴る自室の中で震えながら、必死こいてググりまくったから知ってたんだけど。

 と、失望して絶望する俺に、「……でもさ」と一文字は切り出した。


「――ぶっちゃけ、今更、君の家を除霊する必要は無いんじゃないかい?」

「……へ? ……い、いやいや!」


 俺は、一文字の言葉に一瞬虚を衝かれ、すぐに首をブンブンと横に振る。


「必要あるに決まってんじゃん! だって、考えてもみろよ! 自分の家に得体の知れない幽霊が潜んでるなんて嫌だろ? そ、それに……放っておいたら、そのうちにどんな霊障が起こるか分からないし――」

「……でもさ、今までは何も起こらなかったんだろ? 君の家」

「そ……それは確かにそうだけど……」


 怪訝な顔をして訊き返された俺は、思わず返す言葉に詰まった。

 そんな俺に、一文字はしたり顔で言葉を続ける。


「だったら、別に今まで通り過ごしていけばいいじゃないか」

「いや……でも、そのうちにもっとひどい霊障が起こったりしたら……」

「いや、そもそもさ。もしも、その幽霊が君に何らかの危害を及ぼしたいと考えてるんだったら、とっくの昔に手を出してると思わないかい?」

「……!」


 一文字の言葉に、俺はハッと目を見開いた。


「確かに……そうかも……」

「だろう? でも、今の家に住み始めて一年以上も経つのに、君は未だにピンピンしていて、こんなに元気にカレーを食べているんだ。だったら、幽霊に君を攻撃する意思は無いか……あるいは、攻撃されても君に与える影響は皆無だって事なんじゃないかな?」

「……なるほど!」


 俺は、一文字の言葉に深く納得し、何度も頷く。


「そう言われれば確かにそうだな!」

「今の君が悩まされているのも、ラップ音が気になるくらいなんだろう? そんなの、ゴキブリが部屋の隅でカサカサ動いているのと大して変わらないじゃないか。……というか、なまじ実体があるゴキブリの方が、幽霊なんかよりずっと厄介だよ」

「さ……さすがにそれは、幽霊に失礼じゃ……」


 一文字の言葉に辟易する俺だったが、彼の言葉には大いに勇気づけられた。

 俺は、迷いの晴れた清々しい笑顔を一文字に向け、素直な感謝の言葉を述べる。


「――ありがとうな、一文字! おかげで、随分と気が楽になったよ!」

「ブフフフフ! 礼には及ばないよ、本郷氏。ボクは友人として当然の事をしたまでさ。そう……君の“親友”としてのね! ……いや、もはや“親友”を超えた“心友”かな? ブヒュヒュヒュヒュヒュ!」

「あ、いや……それは……」


 うっとりとした目で、何度も“心友”と繰り返す一文字の恍惚の表情を目の当たりにして、俺は思わずゾッとしたものの、空気を読んで口を噤むのだった……。



 ――追記。

 その日の夜にアパートに帰宅した俺は、帰り道に立ち寄ったドラッグストアで買ったファブローゼを一本まるまる使って、部屋中に散布しまくりました……念の為に。

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