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第五十八訓 事前に相手の許可を取りましょう

 昼休み。

 俺は、昼食を摂る為、学生食堂にやって来た。


「ブフフフフ! 幽霊……幽霊ねぇ……プフフフ」

「……いつまで笑ってんだよ、お前……」


 毎度おなじみの大盛りカレーライスを載せたお盆を、当然のように俺が座ったテーブルの向かいの席に置きながら、小刻みに肩を震わせている一文字に、俺は眉を顰める。


「……いや、失敬。でも、いつもクールな本郷氏が、幽霊なんてものにビビり散らしているのが面白くて、つい……ブフフフフ!」

「……」


 俺は、笑いを必死で堪えながら盛大に失敗している一文字の顔を、無言のままジロリと睨むと、カバンの中に入れていた三段重ねの弁当箱を取り出した。

 そして、留めていたゴムバンドを外し、一段ずつテーブルの上に並べる。


「へえ、珍しいね。いっつも天ぷらうどんを食べてる君が、弁当持参だなんて」

「失敬な。いつもじゃねえよ。たまにきつねうどんにする時もあるわ」


 一文字の言葉に訂正(ツッコミ)を入れつつ、俺は弁当の蓋を開けた。

 昨日も嗅いだスパイシーな香りが、俺の鼻腔をくすぐる。


「カレーと唐揚げ……。唐揚げはともかく、カレーって……弁当の具としては珍しいチョイスだね」

「しょうがねえだろ、昨日の晩御飯の残りを適当に詰め込んだだけなんだから」


 二段目に入っていたカレールウを三段目の白飯にかけながら、俺は答えた。


「それに……結構美味いんだぞ、ウチのカレー」

「確かに……」


 俺の言葉にコクンと頷いた一文字は、唐突に真面目な顔になると、おずおずと切り出す。


「……ところで、本郷氏。君にひとつ、素晴らしい提案をしよう」

「……素晴らしい提案?」

「そうさ」


 一文字は、怪訝な顔をして訊き返した俺に大仰に頷くと、俺の前のカレーと唐揚げを凝視しながら言葉を継いだ。


「この僕のカレーライスと、君の弁当――」

「――お前の次のセリフは、『半分ずつ分け合わないか?』と言う!」

「――半分ずつ分け合わないか? ……ハッ!」

「だが断るッ!」


 言葉を先読みされて目を見開いた一文字に、俺は即座にキメ顔で拒絶する。

 一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、「ナニッ!」と呻いた一文字だったが、すぐにニヤリと頬を緩めた。


「ふふ……四部の『だが断る』だけではなく、二部のキメ台詞をさりげなく使ってくるとは……! やるじゃあないか、本郷氏! 前々から薄々感付いていたけど……やはり君は、僕と同じ、生粋のジ〇ジョリアン(ジョ〇ョ好き)のようだねっ!」

「いや……何だよ、ジョジ〇リアンって」


 興奮している一文字にドン引きする俺。……確かにジョジ〇が好きな事は否定しないけど、コイツと同じカテゴリに括られるのは心外極まる。

 俺は憮然としながら、「つうかさあ」と、一文字の盆の上に載ったカレーライスを指さした。


「分け合うも何も、お前の方だってカレーライスじゃねえかよ! カレーとカレーを分け合っても意味無いじゃんか!」

「いやいや。そこは、学食のカレーと本郷家のカレー、どちらが美味いか食べ比べようという事で……」

「へん! そんなの、食べ比べするまでもない! ウチのカレーの方が美味いに決まってるもん!」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、僕も確かめてみる事にしよう」

「へ――?」


 想定外の返答を耳にした俺に一瞬生じた隙を衝いて繰り出された一文字のスプーンが、俺のカレーの十分の一位を、弁当箱から白飯ごと抉り取った。

 そして、そのまま一文字が大きく開けた口の中へ――。


「あ――! ちょ、ちょっと! おま……ちょおおおお!」

「うん、ほいふぃい(美味しい)♪」


 唖然として声を上ずらせる俺を前に、一文字はもぐもぐと口中のカレーを咀嚼し、ゴクンと飲み込むと、満面の笑みを浮かべた。


「確かに、君の言う通りだね。これは、学食のカレーよりも断然美味しいよ」

「おま……!」

「ベースはポンカレーの中辛で、隠し味として……多分、豆乳とパルメザンチーズを入れて、味に丸みを持たせているのか。強いて言えば、このルウなら、お肉は豚肉じゃなくて鶏肉の方が合いそうだけど、これはこれで全然いいね」

「そ……そこまで分かるのか? たった一口食べただけで……」

「すごいね、君のお母さんは。こんなに美味しいカレーを食べたのは久しぶりだよ」

「そ……そうか……」


 噴き上がりかけた俺の怒りは、一文字に母さんのカレーを褒められた途端、穴の開いた風船のようにみるみるうちに萎んでしまう。


「じゃ……じゃあ……」


 と、俺は弁当箱の中の唐揚げを箸でひとつ摘まみ上げ、おずおずと一文字のカレー皿の上に載せた。


「せ……せっかくだから、こっちの唐揚げの方も食ってみろよ。コッチもかなり美味いと思うぜ」

「おお、そうかい? じゃあ、お言葉に甘えようかな」


 俺の提案を聞いて顔を綻ばせた一文字は、スプーンで唐揚げをすくい上げると、そのまま一口で頬張る。

 そして、もっちゃもっちゃと口を動かしながら、「うん……うん……」と唸っていたが、口の中が空になると大きく頷いた。


「……うん。こっちも美味しい! これは多分、下味に塩麴を使っているね。そのおかげで、お肉が柔らかくなっていて、衣のパリパリ感とマッチしている感じだよ。それに、揚げた油はごま油だね。噛むとゴマの風味が口の中に広がって……」


 うっとりした顔で、まるで『美味し〇ぼ』の社主か『孤独のグルメ』の五〇さんばりの解説を始める一文字。

 俺は、実家の料理をべた褒めされて機嫌を良くしながら、一文字が垂れ流す解説にうんうんと頷くのだった。



 ――なお、俺が提供した唐揚げの代わりとして一文字からもらったものは……学食のカレーに付いてくるラッキョウだった。


 って……おかしい! 交換レートがおかしいですよ、カ〇ジナさぁんッ!

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