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第五十五訓 女の子はキチンと家まで送りましょう

 「……そうちゃん、ごめんね」


 街灯の灯りが点々とアスファルトを照らし出す夜の道。

 夕飯を食べてから、家へ帰るミクを送る為に外に出た俺の背中に、母さんにおやすみの挨拶をして家のドアを閉めたミクが、おずおずと声をかけてきた。


「……え、何が?」


 突然の謝罪の言葉に戸惑いながら振り向いた俺の問いかけに、ミクは顔を俯けながら躊躇いがちに答える。


「あの……さっきの事。ルリちゃんの事を、勝手に真里さんに話しちゃって……」

「あぁ……あれか」


 立ち止まった俺は、ミクの答えに困って頭を掻いた。

 それを見たミクが、ますます恐縮した様子で頭を下げる。


「ごめんなさい! 私……本当は喋る気無かったんだけど、真里さんが凄くガッカリしてたみたいだから、少しでも安心させてあげようと思って……。や、やっぱり迷惑だったよね?」

「そっかぁ……」


 本当に申し訳なさそうな顔をしてペコペコと頭を下げるミクに、俺は苦笑しながら首を横に振った。


「……まあ、別にいいよ。最後には、俺にそんな気なんて――立花さんとそういう(恋愛)関係になろうなんて考えてないって事が、母さんにちゃんと伝わったからさ」

「……本当に?」

「へ?」


 俺は、ミクがぼそりと呟いた言葉にキョトンとする。

 一方のミクは、なぜか真剣な表情を浮かべて、俺の顔を真っ直ぐに見つめながら言った。


「本当に……ルリちゃんと付き合いたいとか思わない?」

「と……当然だよ」

「なんで?」

「な……何でって……」


 妙にしつこく問い質してくるミクに辟易しながら、俺はその問いに対する答えを考える。

 ――真っ先に思いついたのは、さっき夕食の席で思いついた、『立花さんが好きなのは藤岡だから』という答えだ。

 だが――もちろん、この答えは、藤岡の彼女であるミクにはとても言えない。そんな事を言ってしまったら、ミクの心に要らぬ不安を抱かせてしまうのは確実だからだ。


「え、えーと……」


 俺は、とりあえず歩を進め、ミクを家に送るまでの間に「なぜ、俺が立花さんと付き合おうと思わないのか」を考えようとした。

 ……だが、俺とミクの家はお隣さんだ。ほんの数歩でミクの家の玄関先に到着してしまって、考えをまとめる時間など皆無だった。

 ……うん、困った。


「あー……と、だから……」


 ミクの家の玄関先で、俺は視線を宙に舞わせ、星の瞬く初夏の夜空を仰ぎ見ながら、しばし言い淀む。

 その間、ミクは相変わらず真剣な顔をして、俺の事をジッと見つめていた。

 そして、土曜日の水族館での出来事や、その前――北武デパートでいっしょにミクと藤岡のデートを尾行した時のやり取りを思い返して、ようやくまとまった答えが、


「……そう、性格……性格だよ!」


 というものだった。

 俺は、奥歯に挟まったネギがようやく取れた時のようなスッキリした気持ちになりながら、自分の言葉に大きく頷く。


「彼女……立花さんさ、メチャクチャ性格きついじゃん。何かあるとすぐに怒るし、暴力振るうし、俺の事を『バカ』だの何だのってさんざん言ってくるし……」


 ……何だか、自分で言ってて情けなくなってきたが、俺は引き攣り笑いを浮かべつつ、更に言葉を続けた。


「そ、そんな感じだからさ。俺と立花さんは決定的に合わないんだよ、性格が! だから、俺とあの()が付き合うなんて事、絶対ナイナイ! ……っつーか、向こうの方が願い下げでしょ、俺みたいな男なんか」

「……そうかなぁ?」


 だが、そこまで言っても、ミクは訝しげに首を傾げる。


「この前のルリちゃん、まんざらでもない感じだったように見えたんだけどなぁ……」

「ふぁっ?」


 ミクの言葉に思わず当惑の声を上げた俺は、ブンブンと激しく首を横に振った。


「いやいやいや! どこら辺を見てそう感じたんだよっ?」

「え……? だって――」


 俺の問いに、ミクは目をパチクリさせながら答える。


「確かに最初の方はツンツンしてたけど、最後の方は結構打ち解けてて、嬉しそうな感じだったよ?」

「そ、そんな事……」


 ミクの答えに戸惑いながら、俺は土曜日の事を思い返した。

 ……そうだ。あの時は――。


「……きっとそれは、限定のペンギンのぬいぐるみをゲット出来たからだろ。立花さん、メチャクチャ欲しがってたもん、アレを。……クイズ大会に出る為に、嫌々俺とカップルのフリをしてまでさ」

「うーん、それだけじゃないと思うんだけどなぁ……」


 俺の言葉にも、どこか納得いかない様子で口を尖らせるミク。

 そんな彼女の顔を見て、俺はピンときた。


「……ミク。お前……いや、()()()……」


 俺は、僅かに眉を顰めながら、頭に浮かんだ疑念を言葉にする。


「土曜日に俺と立花さんを連れてきたのって……ひょっとして、俺たちの事をくっつけようとしたんじゃ……?」

「うふふ」

「……あのなぁ」


 ミクの含み笑いで、自分の推測が当たっていたのを悟った俺は、思わず呆れ顔を浮かべた。


「何考えてるんだよ、お前ら……。そんな事考えても無駄だって。俺とあの娘は、絶対にそういう関係にはならねえって」

「そうかなぁ? お似合いだと思うんだけど……」

「……だから、どこがだって……」


 俺は、心底当惑しながら首を傾げる。

 だが、ミクは「そのうち、そうちゃんも分かるよ」と意味深な事を言って、自分の家のドアノブに手をかけた。

 そして、くるりと振り返ると、怪訝な顔をしている俺に向かってニッコリと笑いかける。


「それじゃ……そうちゃん、送ってくれてありがとうね」

「あ、ああ、うん。……送るって言っても、徒歩十秒だけどな」


 俺は、思わず苦笑しながら答えた。

 すると、ミクもクスリと笑って、俺に向かって手を振ると、


「じゃ、また今度の土曜日に会おうね。おやすみ」


 と言いながら、ドアを開けて家の中に入っていく。

 そんな彼女を見送り、ひらひらと手を振りながら「おやすみ」と応えた俺だったが、ドアが閉まると渋い顔をした。

 そして、夜風に晒されて冷たくなった半乾きの髪の毛に指を突っ込んでワシワシと掻きながら、大きな溜息を吐く。


「はぁ……何なんだよ、マジで」


 俺はくるりと踵を返して、自分の家の玄関に戻りながら、ブツブツとぼやいた。


「なんでミクが、俺と立花さんをくっつけようとしてるんだよ。どうしてそうなったのか、訳が分からねえ……」


 ミクの話を聞く限り、俺の為を思ってこその行動だったらしいが、彼女に秘かな想いを抱いている身としては、その心遣いが辛いし、複雑な気分だ……。


 まあ……当のミクは、俺の想いなんて知る由も無いんだから、しょうがないんだけど。

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