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第四十八訓 夜遅くに食事を摂るのはやめましょう

 「ふぅ……疲れたぁ」


 バイトが終わり、ようやく自宅のアパートに帰ってきた俺は、ドアに鍵を挿し込みながら、大きく息を吐く。

 いかにもオンボロアパートらしく、耳障りな軋み音を上げるドアを開け、真っ暗なままの玄関の壁に手を這わせ、脇に付いている照明のスイッチを押した。

 バチンという音を立て、闇に覆われていた玄関に白い光が満ちる。


「ただいま~……」


 俺は、玄関の奥に向けて声をかけるが、俺の「ただいま」に対する返事は返ってこない。

 ……まあ、ひとり暮らしなのだから、当然だ。つか、返ってきたら、それこそ怖い。

 俺は履いていたスニーカーを適当に脱ぎ散らかし、家の中に入る。

 リビングにつながる廊下兼台所の流し台の上に、さっきコンビニで買ってきたカルビ弁当を置いた俺は、そのまま蛇口を捻って手を洗い、うがいをした。

 そして、濡れた手をズボンの太股で拭きながら奥のリビングに向かった俺は、入り口脇のスイッチを押して電気を点け、


「……おお」


 小さく感嘆の声を上げる。


「なんか……俺ん家じゃないみたい……」


 半日ぶりに帰ってきた家は、一昨日までとは見違えていたからだ。

 つい一昨日まで正に足の踏み場もない状態だった床は、今や塵ひとつなく、敷いたカーペットとフローリングが見える状態になっているし、テーブルの上に積み上がっていた空き缶や食い終わったお菓子の袋などもキレイに無くなっている。

 ――これこそが、二日かけて懸命に掃除に勤しんだ俺の努力の結果だ。


 もちろん、ただ単に床やテーブルの上のものをどかしただけではない。

 床に散らばっていたマンガ本は、部屋の隅に置いてある本棚の中に巻数順で揃えて入れ、ゲームソフトの箱や()()()DVDソフト類も、テレビラックの中にキレイに収めた。

 更に、横倒しになったまま放置していたゲーム機も、キチンと立ててテレビの横に安置し、ついでにテレビ裏の配線も手直ししてスッキリさせてある。

 テーブルの上に散乱していた空き缶やお菓子の空き箱類も、全部分別してゴミ袋に詰め込み、ゴミ出しの日にすぐ出せるようにした。

 当然、台所やトイレなどの水回りも徹底的に掃除して、見違えるようにキレイになっている。


『なんという事でしょう……』


 掃除する前の部屋の惨状を脳裏に浮かべた俺の頭の中に、昔テレビで観た某リフォーム番組の有名なナレーションが反響した。

 そして、自室の劇的なまでのビフォーアフターっぷりに妙な違和感を覚えつつ、テーブルの前に置いてあるクッションの上におずおずと腰を下ろす。

 そこからもう一度ぐるりと部屋の中を見渡した俺は、思わず引き攣り笑いを浮かべた。


「いやぁ……、なんか落ち着かない……」


 そう呟いて、とりあえずやたらと周りの空間がスッキリしたテレビを点けようと、テーブルの上のリモコンに手を伸ばしかけた俺だったが――、


「ふ……ふわぁぁああぁぁ……」


 突如として強烈な眠気に襲われて、顎が外れそうな程に口を開いて、大きなアクビをひとつする。


「やっば……クソ眠ぃ……」


 俺は眠気で頭がくらくらするのを感じながら、霞んだ目を擦った。

 だが、そんな事をしてみても、眠気は一向に晴れない。

 ――考えてみれば当然だ。

 俺は、一昨日の夜から部屋の掃除 (半分以上はマンガを読んだりDVDを観ていたけど……)に明け暮れていて、ほとんど睡眠を取っていなかったのだ。そんな状態で、眠くならない方がおかしい。

 

「やっべぇ……秒で眠っちゃいそうだ……」


 俺は、今にも意識を失いそうになりながら、懸命に眠気に抗い、ヨロヨロと立ち上がった。

 このまま座っていては、すぐに夢の世界へ引きずり込まれてしまいそう……そう思ったからだ。


「と……とりあえず、風呂入ろ。……いや、それより先に、飯を食うべきか……?」


 そう、俺は少しの間逡巡したが、タイミングよく“グゥ~”と腹の虫が鳴る。

 ふと時計を見たら、もう夜の十一時を回っている。


「……あんまり夜中に食べたら、太っちゃうんだっけ」


 そう呟いた俺は、先に食事を摂る事にした。

 ……別に太っている訳じゃない――むしろ“鶏ガラ”と自嘲するほどに細い体なのだが、それでも無駄な贅肉を付けたくはない。

 頭の中に浮かんだ、『夜の十一時は、既に夜中なのでは?』という冷静な指摘を黙殺して、俺はふらつく足で台所に向かい、流し台に置きっぱなしにしていたコンビニ袋を取った。

 コンビニのレンジで温めてきたものの、袋の口から仄かに伝わる温度は、少し(ぬる)いような気がする。

 一瞬、自分のレンジでもう一度温め直そうかと思った俺だったが、


「……ま、いっか。温めるの面倒くさい……つか、眠い……」


 と呟いて、そのままリビングのテーブルの上に置いた。

 そして、弁当のラップを剥がした俺は、パチンと音を立てて割った割り箸を指の間に挟み、そのまま両手を合わせる。


「……いただきまーす」

 

 実家に暮らしている毎日の習慣の名残で、食べる前には自然と口をついて出てしまう食事前の挨拶。当然ながら、俺の声に対する返事は上がらない――はずだった。


 ……カタン


「……へっ?」


 俺は、自分のかけた「いただきます」の声の後に鳴った奇妙な音を耳にして、ビクリと身を震わせた。


「な……何だろう、今の音……? なんか倒れた……?」


 何か、固い物が落ちたか倒れたかしたような音に聞こえたが……周囲を見回しても、その音を鳴らしたらしい物は見当たらない。

 ――と、


 ……パタン


「……ッ?」


 再び、奇妙な音が鳴り、俺はクッションの上で数センチ飛び上がった。


「ほ……本……かな?」


 俺は、本棚の中のマンガ本が横に倒れた音かと思って、恐る恐る確認する。

 ……だが、つい昨日、キレイに揃えて本棚に並べたマンガ本は、本棚いっぱいにギチギチに詰まっており、音を鳴らして倒れるような隙間などミリも無かった。

 それを確認した俺の顔から、スーっと血の気が引く。


「じゃ……じゃあ、どこから今の音が……?」


 呆然と呟く俺。

 その脳裏では、不穏と不吉と不安に満ちた推測が、みるみる大きくなっていく。


「ま……ま、まさか……ポル――」


 ……ビシッ!


「……ッナレフが好きぃっ!」


 思わず『ポルターガイスト』と口にしかけた俺だったが、同時に鳴った乾いた音にビビり倒した瞬間、その言葉を口に出してはいけないと直感的に感じ、咄嗟に某スタンド使いに対する熱い告白へと言い替えた。


 ――いや、第三部の中で俺が好きなのは花〇院なのであって、あのガ〇ルみたいな髪型をしたフランス人なんかじゃあないんだけど……。


 などという冷静なセルフツッコミを入れる余裕も無いまま、怯えた目でキョロキョロと部屋の中を見回す俺の頭の中で、


『あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ! 「部屋の中で、得体の知れない音が何回も鳴っている」。な……何を言っているかわからねーと思うが、おれも何が起こっているのか分からねえ……』


 と、ポルナ〇フが、冷や汗を滝のように流しながら興奮気味に話しているビジョンが浮かぶ。

 ――それは、今の俺自身の心境に他ならなかった……。

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