第四十七訓 他人の事を詮索するのはやめましょう
「……ていうかさ」
と、四十万さんは、訝しげな表情を浮かべながら俺に尋ねた。
「昨日一昨日かけて掃除って、随分と時間がかかってない? そんなに散らかってたの、ホンゴーちゃん家?」
「あ、それは……」
四十万さんの問いかけに、俺は少し躊躇し、それからしぶしぶ頷く。
「ま……まあ、散らかってるか散らかってないかと言われると……正直、散らかってないとは言えないっすね……」
「ひょっとして、生ごみやら何やらで床が見えないレベルのゴミ屋敷だったりする?」
「いやいや! そこまでじゃないっすよ、さすがに!」
眉を顰めた四十万さんに、慌てて首を横に振る俺。
「せ、せいぜい、捨てそこなった空き缶やコンビニ弁当の包みが積み上がってたり、読み終わったマンガや雑誌が散乱してたり……その程度っす!」
「そ~お?」
四十万さんは、必死で弁明する俺の顔を覗き込みながら、その顔にいたずらっ子のような薄笑いを浮かべた。
「ホントはもうちょっと荒れてたんじゃないの~? 例えば……部屋の隅から、食べかけのパンがカビまみれで発掘されたり……とかさ」
「そ、それは……」
俺は、四十万さんの問いかけに言葉を詰まらせ――それから、コクンと小さく頷く。
「たしかに、みっ……ふたつくらいありました……」
「……ホントにあったんかい」
俺の答えを聞いた四十万さんは、僅かに頬を引き攣らせながら、呆れ声を上げたが、それからすぐにフッと表情を緩めると、俺の肩をポンと叩いた。
「まあ、気にしないで大丈夫。そういうの、ひとり暮らしあるあるだから」
「そう言うって事は……ひょっとして、四十万さん家も?」
「……勘のいいバイトは嫌いだよ」
「あ、サーセン……」
四十万さんからギロリと睨まれた俺は、命の危険を感じ、それ以上の深入りを避ける。いわゆるひとつの『君子危うきに近寄らず』というヤツである、うん。
そして、誤魔化すように、さっきの彼女からの問いに答えた。
「で……なんで、たかが掃除で二日もかかってんのかっていうと、片付けようとして手に取ったマンガや小説を何となくパラパラとめくったら、そのままハマって全巻読み直しちゃったり、買っただけでまだ開封もしてない映画のディスクが出て来て、せっかくだからって観たりして……」
「あー、分かる分かる、『掃除あるある』ってやつ! それやり始めると、ホントにすぐ時間が経っちゃって、肝心の片づけが終わらなくなるんだよねぇ。私も良くやっちゃう!」
「あ、四十万さんもっすか……」
大きくウンウンと頷く四十万さんを見て、自分だけの事じゃないと分かった俺は、心中秘かに安堵する。
俺は、手元に残った最後のラミネート用紙を棚に乗せ、空になったオリコンを畳みながら言った。
「……まあ、二日かけて、部屋もある程度片付いたので、今日は家に帰ってすぐ寝ますよ。明日も一限目から講義がありますし」
「ふーん、そっか」
四十万さんは、俺の言葉を聞いて気のない返事を返したが、すぐに訝しげに首を傾げると、更に問いを重ねる。
「ていうか、そもそも、何でいきなり掃除しようとか思ったの、君?」
「え? それは、家に――」
四十万さんの問いに、深く考えずに「家に人が来るからです」と答えかけた俺だったが、途中で言い淀んだ。
俺の家に人が来るなんて正直に喋ったら、好奇心モンスターな四十万さんが食いつかないはずが無い。だったら、ここは適当な事を言ってはぐらかした方がいいのでは――そう考えたのだ。
……だが、
「んん~っ?」
俺が言葉尻を濁した事に対し、まるで猟犬のように鋭敏な嗅覚で“美味しそうなネタ”の匂いを嗅ぎ取ったらしい四十万さんは、たちまちその目を輝かせる。
身を乗り出した彼女の表情に、「マズい」と思った俺だったが、もう遅かった。
「なになにっ? ひょっとして、誰かがホンゴーちゃん家に来るのっ?」
「あ……え、ええと……」
「あれ? まさかカノジョ? ホンゴーちゃんのカノジョなのっ?」
「い、いやいや! ちちち違いますよッ!」
案の定、がっちりと食らいついた四十万さんに気圧されながらも、俺は懸命に声を張り上げ、キッパリと否定する。
「か……彼女なんかじゃないっすよ! 何でそうなるんすか!」
「いやぁ、だって、同性の知り合いが来るくらいじゃ、そんなに気合い入れて掃除なんかしないでしょ、二日もかけて」
「ぐ……ま、まあ、確かにそうですけど……」
鋭い指摘を受けて、思わず言葉を詰まらせる俺。
そんな俺のリアクションを見た四十万さんは、更にニヤニヤ笑いを浮かべる。
「ほらほらぁ! じゃあ、やっぱり彼女じゃない!」
「だ――っ! だから違いますっちゅーのに!」
年甲斐もなく黄色い声を上げる四十万さんに辟易しつつ、俺は声を荒げ、「そ、そもそもっ!」自分の顔を指さした。
「こ、こんな冴えない面の俺に彼女が出来るなんて、本当に思うんですか、四十万さんはッ!」
「――確かにおっしゃる通りでございます。お気持ちも考えずにはしゃいでしまいまして、本当に申し訳ございません」
「……あの、そこは『いやいや、そんな事無いよ~』って、笑って否定してほしいんですけど……。ビジネスモードでガチ謝罪するのやめてもらっていいっすか……?」
神妙な表情になって、手を前に組んで深々と頭を下げる四十万さんを前に、何だか無性に上を向いて歩きたくなった俺は、ずずっと鼻を啜ってから言葉を継ぐ。
「いや……家に人が来るのは確かですけど、別に彼女とかじゃなくて……ただの幼馴染――」
「幼馴染! ひょっとして、その幼馴染って、女の子?」
「……ええ、まあ」
「じゃあ、ワンチャン……!」
そう言って再び目を輝かせた四十万さんに、俺はブスッとした顔をして付け加える。
「――その幼馴染の彼氏もセットですけどね」
「あっ……」
俺の表情を見て色々と察したらしい四十万さんは、気まずそうに目を背け、それから優しい微笑を浮かべながら、俺の肩をポンと叩いて言った。
「……ホンゴーちゃん! 今度、いっしょに飲みに行こ! 愚痴とか相談とか聞くから!」
「あの……スミマセン。昭和のサラリーマンなノリで慰めようとしてくれるのは嬉しいんですけど、俺まだギリギリ未成年っす」
「あ……そうだっけ」
四十万さんは、少し驚いたように目を丸くしてから、その顔に苦笑いを浮かべながら言葉を継ぐ。
「ゴメンゴメン。てっきり、もうとっくの昔に二十歳過ぎてると思ってた。だってホンゴーちゃん、なんか妙に雰囲気が枯れてるんだもん」
「いや、せめてそこは『落ち着いてる』でお願いしますよ、……泣いていいっすか?」




